第118話 階段(6)

冴村さえむらさんにもっと相談して。そしたらきっと上手く行くから』

 総君の言葉がよみがえり、苦笑する。本当だ。上手く行くかどうかは分からないが、気持ちは浮上した。


 会いに行ってみよう。

 そう思った。


 嫌がられれば忘れればいい。もともと、諦めていたのだ。

 ただ。

 ほんの少しでも、総君が私の手を必要としているのなら、しっかりと握り返してやろう。そう、思えた。


「ありがとうございました」

 冴村さんにぺこりと頭を下げた時だ。


 二人の机の間に設置された電話が鳴った。

 コール音から内線だと知れる。冴村さんが咄嗟に手を伸ばすが、「私が取ります」と伝えて受話器を取った。


「はい。ボラティアセンター菅原すがわらです」

 受話器を持っていない方の手で再度顔を撫でた。かさついた肌触りが伝わる。どうやらもう涙の残滓はないようだ。


「ごめん。一階事務所だけど」

 名乗らないが、声から判断するに、山下さんだ。


「時間外なんだけどさ。訪問客が今来てるんだよね。今日、移送に同行したのは冴村さん? それとも菅ちゃん?」

 尋ねられ、私は戸惑う。


「私です」

 返答しながら、何かクレームだろうかと身構えた。まさかと思うが、瀬田さん、移送利用料金どころか、病院の支払いまでしていないのではないか、という疑念が頭をもたげる。病院関係者がその件で話に来たのだろうか。


「一階降りてきて。来客」

 山下さんに「はい」と答え、私は受話器を戻した。


「なんか、私にお客さんらしいので下に行きます」

 立ち上がると、冴村さんは頷いた。「私はもう帰るけど、菅原さんも早く帰りなさいよ」そう言われて頷く。


 とりあえず机の上からボールペンとリングタイプのメモ帳を持った。社協のロゴが入ったポロシャツの胸ポケットに差し込み、ボランティアセンターを出る。


 人気のないガラス張りの二階廊下は、夕日が差しこんで綺麗な橙色だった。

 私は波状的に広がる夕陽を受け、階段に向かう。


 この会館の階段は、途中一度広めの踊り場があるが、真っ直ぐに伸び、長い。

 以前社協が主催し、ロビーコンサートを開いたのだけど、この階段が良い席に変貌したぐらい、広くて長さがある。


 私がその階段を駆け下りると。

 足音で気づいたのかもしれない。

 ロビーの方から人影が移動し、私を見上げた。


「……あ」

 思わず、踊り場で足を止め、見下ろす。


「こんにちは」

 階段下で、にっこりとほほ笑むのは、そう君が「あやめ」と呼んだ女の子だった。

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