どうしたらいいのか、わかりません

第113話 階段(1)

            ◇◇◇◇


 その後、どうやってボラセンに戻ったのか、実はよく覚えていない。


 いや、断片的にはある。

 瀬田せたさんを説教する下川しもかわさんの姿とか。移送車に乗って移動中に聞いたAMラジオのパーソナリティーの声だとか。


 だけど。

 最終的に、気付けば、自分の席について四千五百二十五円を握り締めていた。


 机の上には、瀬田さんの領収書控えが乗せられている。なんの変哲もないA5用紙だ。上半分は支払者側に渡す領収書になっていて、下半分は社協の領収書控えになっている。領収書部分が切り取られて手元に無い、ということは、多分瀬田さんに渡したのだろう。


「入金、いつするつもり?」

 冴村さえむらさんの声に、私はゆるゆると顔を上げた。

 冴村さんは、私の向かいのデスクに坐り、頬杖を付いてパソコン越しに私を眺めていた。


「……え」

 思わず、自分の握る現金と、机の上の請求書の残骸をもう一度見る。焦って壁に掛けられた時計に視線を走らせた。


 十七時十四分。


「え……」

 愕然と、私は向かいの冴村さんを見た。


「あの……」


 私、いつ帰着しましたか。そう尋ねようとした私の口を塞いだのは、終業を告げるチャイムだった。


「経理に明日、明細つけて渡しなさい」

 冴村さんは頬杖を解き、ノートパソコンをぱたりと閉じて、私に告げた。


「すいません」

 消え入りそうな声でそう言うと、すかさず冴村さんに叱責される。


「謝るのは私に、じゃない。ボランティアさんに、だ」

 硬い声をぶつけられ、私は俯いた。


「ボランティアに心配されるボラコなんて最低だ」

 下川さんの事だろう。冴村さんの声は容赦ない。冷淡で、だけど怒りを含んだその声は、私を突き放すように発せられ、ますますうな垂れた。


「すいません」

菅原すがわらさん」

 名前を呼ばれ、私は奥歯を噛み締める。


「顔を上げなさい。菅原さん」

 命じられ、私は覚悟を決めて顔を上げた。眼鏡越しに、冷ややかで、感情のうかがい知れない切れ長の目が私を見ている。


「笑ってみて」

 無表情に、そう告げられた。


「教えたろう。笑い方。笑って」

 冴村さんは腕を組み、椅子の背もたれに上半身を預けてこちらを眺めている。私は必死で表情筋を動かした。口角を上げ、眉を下げる。目を自然に緩め……。


「へたくそ」

 途端に吐き捨てられ、私は動きを止めた。冴村さんは冷淡に私を見つめ、再び言う。


「笑え」

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