第109話 受付(3)

冴村さえむらさんには伝えておきますよ。私は大丈夫、って」

 両脇に診察室が並ぶ廊下を歩きながら、力こぶを作って見せた。


 大丈夫、なのだと思う。

 多分、そう君は大丈夫だ。


 きっと、行くべきところが見つかったのだ。

 それが『あの世』なのか、『生まれ変わった先』なのかはわからない。


 だけど。

『行かなきゃ』と言う限りは、目的意識を持っていたのだろう。


 であるならば。

 総君は大丈夫だ。


 きっとしっかりやっている。

 リノリウムの廊下を歩きながら、妙に確信していた。


 総君は、きっと大丈夫だ、と。


 そして。

 ときどき私は夢想するのだ。


 今頃『あの世』で、他の死者たちと存外うまくやっている総君の姿とか、生まれ変わって新しいご両親に抱かれて泣いている赤ちゃん姿の総君を。


 その中に。

 私の姿はなくって。


 あったとしても、私自身がコラージュされたようにうまく溶け込めない。


「あ!」

 急に下川しもかわさんが大声を上げ、私は意識を今に引き戻す。下川さんが指をさす前方を見ると、十メートルほど前に、瀬田さんがいた。私たちを認めると、慌てて車いすを方向転換させる。


瀬田せたさんっ」

 声をかけると、私たちの前では決して見せない猛スピードで車いすを自走させはじめた。


「あの野郎、あんなに元気に車いす動かせるんじゃねぇか」

 下川さんが走って追いかけようとした。瀬田さんは確かに見たことない機敏な動きで逃げ始める。私たちの前ではいつも弱弱しく、「何もできないんです」アピールがすごい。今日だって、「自走できない」と言うから、下川さんが車イスを押して診察室前まで付き添ったぐらいだ。


「瀬田さん!」

 下川さんが大声で呼んだ。それがいけなかったのかもしれない。瀬田さんはなりふり構わず逃げ始めた。


 その瀬田さんの前を。

 横切ろうとする人影が見えた。


「あ!」「止まって!」

 下川さんが再び声を発し、同時に私も制止の声を瀬田さんの背中に投げつける。


 だが、遅かったらしい。

 診察室と診察室の間の通路から出てきた、ロフストランド杖をついた男性と瀬田さんの車いすがぶつかった。

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