第108話 受付(2)
「逃げたよ、これ。だって、おかしくないか? もう何時間待ってるんだ、おれたち」
「でも、どうやって帰るんですか。タクシーでなんて帰れませんよ?」
だからこそ、公共の交通機関が使いづらく、介護タクシーや移送ボランティアを利用しているのだ。
支払いが嫌で逃げたとしても、どうやって家まで帰るつもりなのか。
「……一回、息子が迎えに来た時があったぞ」
突き出たお腹の上に乗せるように腕を組み、下川さんはぼそりと私に言う。
「……迎え?」
基本、移送は『送迎』となっている。
病院まで送り、そして自宅まで届ける。ただし、家族が『迎えは行ける』。『病院には連れて行ける』という事情がある場合、片道のみで運行するのだが。
「……息子さんを呼び出して、帰ったとか……」
下川さんは私を凝視して言う。私は、はは、と笑うけれど、下川さんは笑わない。イスを揺らして立ち上がった。
「何科受診だっけ? 診察科の前に行ってみよう」
促され、私は慌てて頷いた。資料やペットボトルなどを一切合財乱雑にバックに放り込む。
「仕事、忙しかったろう? こんな時に悪いね」
騒がしく立ち上がる私に、下川さんは口をへの字に曲げて見せる。
別に利用料の請求や取り立てはボランティアの仕事じゃない。下川さんが責任を感じることはないし、この件で悪いのは、完全に瀬田さんだ。私は首を横に振って笑って見せる。
「大丈夫ですよ。さぁ、行きましょう」
そう言って下川さんと並んで受付の方に進んだ。
「最近、帰宅が遅いんだって?」
受付と待合室の間には、太めの廊下が左右に伸びている。顔を上げ、天井からぶら下がる案内表示を見て、瀬田さんが受診したはずの整形外科を探した。
「ええ、まぁ」
曖昧に返事をし、「こっちですね」と左を指さす。
「
私の隣を歩きながら、下川さんが言った。私は笑いながら答える。
「
「出勤も早いし、帰宅も遅いから、あの子ボラセンに住んでるんじゃないか、って」
下川さんが冗談めかして言うから、私もさっきより大きめの笑い声を立てる。
住みたいぐらいだ。
内心で吐き捨てた。
総君がいない家なんて、住みたくない。
総君が消えて2か月。
どうしていいかわからず、ただただ、仕事場に限界まで居つき、居られなくなったらコンビニに入り浸り、そして入浴と就寝の為だけにアパートに戻る。
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