第106話 ベッド(6)

 私の上にあったそう君の気配一切が霧散し、私は掛布団を蹴って体を起こす。


「総君……」


 呟いて、薄闇の寝室を見回す。

 ベッドから降り、扉を開けた。

 リビングに入って首をめぐらす。


「総君」


 アパートの部屋の、いろんな扉を開けた。

 浴室、トイレ、洗面所。ウォークインクローゼットまで開いて中を見た。


「総君」


 いろんなところに首を突っ込み、覗き込んだ。

 キャビネットとキャビネットの間。テレビの裏。キッチンの床下収納。カーテンの裏側。


「総君」


 私は彼の名前を何度も何度も読んで、うろうろとアパート内を歩き回った。


 総君、総君、総君、総君。

 

 結局。

 私の起床時間になっても。

 総君が姿を現す事はなく。


 私は確信した。


 もう、行ってしまったのだ、と。


 『どこに行けばいいのか分からない』。そう言っていたのに。


 彼は『行くところが分かった』と言っていた。

 それがどこなのか私には分からない。


『いきたくない』

 そう言っていたのが気がかりだけど。


 だけど。

 総君は、そこを選んで私の側から離れたのだ。


 きっとそこは。

 総君の姿がコラージュのように見える場所ではなく、ぴたりと当てはまる場所なのだろう。


 それだけは。

 理解した。


 そして、思ったのだ。

 総君と私の、『恋愛ごっこ』は、終わったのだ、と。

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