第100話 玄関(5)
「なんで……! なんで鞄がっ」
壁に張り付くように凭れ、雅仁さんが総君が持つ鞄を指さす。
さっきまでの勢いはどこに行ったのか、怯えて震え、何度も目を擦っている。
「
茫然と呟いた。私には総君が鞄を握り、彼の頭に叩きつけた姿が見えるが。
総君自体が見えない雅仁さんは、突然浮き上がった鞄が、自分を急襲した、としか思えないらしい。私の呟き声は雅仁さんの叫び声に潰えた。「化け物だ」とか、「南無阿弥陀仏」とか、「じじぃか。じじぃが化けて出て来たのかっ」と勝手に妄想にとらわれて喚いている。
その声に混じって近づいてくるのは、アパートの階段を駆け上がってくる複数の足音だ。
「
警棒と長杖を持った警察官たちが私に声をかけてきたのは、それから数秒後だった。
この時ほど。
警察官の紺色のあの制服が頼もしく見えたことはない。
「……ありがとう」
私は玄関からなだれ込んでくる警察官たちの後ろに立つ、総君に言う。目の合った、ひとりの警察官は自分に言われたと思ったようだ。「もう大丈夫ですよ」と床に座り込む私の肩に手を置いてくれる。
「無事で、良かった……」
総君が、力尽きたように壁に凭れるのが見えた。
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