第98話 玄関(3)

「おい」

 壊れた蝶番がぶら下がる玄関枠と玄関扉の間から、雅仁まさひとさんが顔を覗かせた。


 目が、据わっている。

 見ようによっては甘い顔だ。女性には好まれるだろうと思う。四〇代だとは思えない童顔ではあるのだが。


 今、私の前に見せている顔は無表情で、非常に年相応だった。


 黒目が上がり、三白眼の瞳でにらみつけると、歪んで傾いだ扉を何度も何度も蹴りつける。まだ、ドアチェーンが掛かっているから完全に外れて倒れないらしい。雅仁さんはバールを振り上げ、咆哮を上げながらチェーンを打ち付けた。


「コトちゃん。リビングに逃げろっ」

 耳のすぐ側でそう君が怒鳴り、私は悲鳴を上げて数歩退いた。首をねじり、リビングを見る。


 だけど。

 だけど、そこからどうすればいいのだ。


 リビングに逃げ込んだところで、そこから先はない。寝室にでも閉じこもる方がいいのだろうか。だけど。


 私はもう外れかかっている玄関扉とリビングを交互に何度も見る。

 寝室の扉は、玄関扉より脆いのだ。彼が持っているバールで殴られれば、すぐに壊れてしまう。


 咄嗟に考えたのは、窓から飛び降りようか、ということだったけれど。

 ここは3階だ、とすぐに思い直す。骨折ですめばいいが、運が悪ければと考えただけで震えが走る。


「下がれって!」

 総君の切迫した声に、さらによろめくようにリビングに近づいた。


 場を制するような金属音の後、大きな風が体を舐める。


 顔を向けると、玄関扉が内側に倒れ、バールをぶらぶらと揺らしながら雅仁さんが入ってくるのが見えた。


「ばばぁの金を隠した上にお前……。よくも俺のことを警察に喋ったな」


 低く、掠れたような雅仁さんの声に、私は動けない。金縛りにあったように、体全体が硬直し、なにから動かせばいいのかわからなくなった。足なのか、指なのか、口なのか。


「女だからと思って、大人しくしてりゃあ、つけ上がりやがって」

 バールで壁を一撃され、私は目を閉じて悲鳴を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る