第97話 玄関(2)

「大丈夫? 握れる?」

 スマホを私の手に握らせるそう君に、震えるようにして頷いた。


 交番。あの交番の電話番号。

 私はタップして履歴を表示させ、耳に当てる。


「玄関扉、壊れないよね」


 コールの合間に、総君を見上げる。不安そうに扉を眺めていたものの、曖昧に頷いてくれた。


 玄関扉は、木材ではない。コーティングは別にして中身は鉄だ。そう簡単には破られないだろう。そう思った矢先、警察官の声がスマホから聞こえてきた。


「あの、菅原すがわらですが」

 言った瞬間、あれだけ激しく鳴り響いていた扉の音が止んだ。


 私が警察に連絡をしている事に気付き、止めたのだろうか。もう、乱暴はしないかもしれない。ほっとして玄関扉を見つめた。


「どうしましたか」

 スマホからは警察官の声が聞こえてくる。


「今、玄関を誰かがすごく叩いてて……。来てもらえると助かるんですが」


 彼を刺激してはいけない。そう思って名前を出さなかったのに、私の語尾は雅仁さんの大音声に消された。


「誰と喋ってんだ、手前てめぇ!」

 怒声と共に、大きく一度玄関扉が殴りつけられる。


「大丈夫ですか?」

 騒音はスマホを通じて警察官に聞こえたようだ。警察官の声に緊張が滲み、私の安否を確認した後、何か動き出したような気配があった。


「雅仁さんが玄関外にいるようなんですが……」

 もう、配慮なんてしていられない。私は警察官に口早に言った。家の中には入れないでしょうから、すぐ来てください。そう告げようとした途端、めきりと妙な音が聞こえてきた。


「もしもし?」

 警察官が訝る。私は声が出せないでいた。


 玄関扉と、蝶番の間に空間が出来たのだ。


 吹き込んできたのは、湿気を帯びた夜風で。

 私は目を細めてやり過ごし、見えるはずのない玄関扉外の風景を、廊下から呆気にとられて眺める。


 その視界に。

 棒状の鉄が差し込まれてきたのが見えた。


 ばきり、とさらに破壊音が続き、玄関扉と扉枠の間がさらに広がる。


 バールで、玄関扉を破壊しているのだとようやく気付いた時、私はスマホを放り出して立ち上がった。

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