汚い手で、コトちゃんにさわろうとするな

第96話 玄関(1)

「この、クソ女! 出てきやがれっ!」

 リビングと玄関を遮る扉を開いた時だ。空気を振動させるようなだみ声と、耳を塞ぎたくなるような金属音が鳴り響く。


雅仁まさひとさん……」

 私は茫然と呟いた。


 この声、雅仁さんだ。

 正直、雅仁さんの『音声』が言葉になっていたのはそこまでだった。あとは、咆哮のような声を上げて、何かをがんがん玄関扉に打ち付けている。


「コトちゃん、警察に連絡しよう。スマホ、どこ?」

 隣に立つそう君から促され、私はふと周囲を見回した。いつもの習慣でリビングのチェストラックに視線を走らせるが、そうだ、と思い至る。


 今日は、玄関先に放り出したんだ、と。


「スマホ……」

 恐る恐る玄関先に歩み寄る。「コトちゃん、危ないって!」。制止するつもりで総君は私の肩に触れたようだ。冷気が体に流れ込むけれど、体を捩ってそれから逃れる。


「だって、鞄、あそこ」

 もう、酔いと唐突な襲来で言葉さえ切れ切れにしか出てこない。がつん、と一際大きく玄関扉が叩かれ、内側に大きく揺らいで私は悲鳴を上げかけて廊下に蹲った。


「スマホを取ってくるから、じっとして」

 総君が私の側から離れ、玄関マットの上に放置した鞄に近づき、中を探る。その間も、玄関扉は揺れ続けた。


「お前、よくも警察に俺のこと話やがって!」


 廊下にお尻をつけて坐りこむ私のところに歩み寄り、総君がスマホを差し出した。扉からは雅仁さんのそんな怒声が響き、窓ガラスが割られたときに彼の名前を警察官に話した事を言っているのだ、と気付いた。


 あの警察官、雅仁さんのところに事情聴取に行ったんだ、と茫然と考える。

 その時、何か言ったのだろうか。あれほど、私のことは伏せておいて、って言ったのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る