第95話 寝室(9)

「ねぇ」

 そう君に頬を包まれたまま声をかけた。

 まだ酔いが頭の芯に残っていて、浮遊感を覚えながら総君を見上げる。総君は不思議そうに「なに」と首を傾げた。


「お互い、気持ちがわかったことだし」

 にっこり笑った。


「ここで、キスするんじゃないの?」

「きっ……」

 総君は奇妙な声を上げると、さっきよりも更に赤くなる。私はなんだか楽しくなって、くつくつと喉の奥で笑い声を立てながら、彼を見つめた。


「……コトちゃん」

 名前を呼ばれ、私は黙って、目を閉じる。


「……ありがと」

 小さな小さな声でお礼を言われ、笑いを堪えて肩が震えた。


 総君が身じろぎをしたのかもしれない。ひやりとした空気が少し動き、そして近づいてくる。私はちょっと緊張して背筋を伸ばした。


 そのときだ。


 ものすごい破壊音がアパートに響いた。


「な、なに!?」

 反射的に目を開き、小恐慌を起こしたように、手を床に這わせた。立ち上がろうとしたのだけど、まだアルコールのせいで上手く体が動かない。膝を立てようとしたのに腰から崩れ、尻餅をついた。


「大丈夫、だ、大丈夫だよ」

 総君が慌てたように私に声をかけ、それから抱きしめてくれようとしたらしいけど、彼の手は敢え無く私の体を透過し、私はその冷たさに悲鳴を上げた。「ごめん」。総君が早口で謝った時だ。


 また、何かを盛大にぶつけられたような音が響いた。


「玄関だ」

 総君が立ち上がる。私も何度か首肯し、よろよろと立ち上がってリビングに向かった。

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