第90話 寝室(4)

「お昼はみんなで京都を散策して、夜に真菜まな有近ありちか君とは別行動になってね。きし君とホテルの部屋で二人だけになって……。私、初めて、そういうことして。なんだかもう……。本当に緊張して何が何だかわからないし、おまけに、ものすごく痛いって思ってたら、その最中に岸君が言い出したの」


『ごめん。やっぱり俺、真菜のことが好きだ』


「ごめん、やっぱり俺、真菜のことが好きだ、って」

 フローリングの床に横向きに寝転がる。火照った頬に、フローリングが気持ちいい。


「やってる最中よ」

 私はまた、笑う。


 本当に、真っ最中だった。痛い痛い、とずっと思っていたときに、がばり、と体を離して岸君は私を見降ろして言ったのだ。


『ごめん。やっぱり俺、真菜のことが好きだ』


「言うなりさ、服着て部屋飛び出して行って……。私、どうしたらいいかわからなくなってさ」


 回っていた視界が徐々に歪み始める。

 蛍の光のような豆電球が踊るように動き出した。


「ホテルのベッドのシーツ、血で汚しちゃってるし、痛いし、岸君戻ってこないし、裸だし。もう最悪」


 私は笑う。

 笑ったけど。

 明らかに、作り笑いだった。


「朝になって、泣いてる真菜をつれて岸君が部屋にやってきてね。私に謝るの。本当は岸君と真菜はお互いのことが好きだったんだって。だけど、意地張ってこんなことになったんだって」


 私は、笑いながら言う。「こんなこと、ってどんなことよ」。そう言って、薄闇の中で踊る豆電球を見上げる。


「岸君、言うの、私に。『自分たちがこんなことしてる間に、真菜と有近も同じことしてるんだ、って思ったらいてもたってもいられなくなった』って。『真菜を誰にも触らせたくない、って思った』って」

 私は噴出した。


「有近君から真菜を奪って部屋を飛び出したらしいよ」

 げらげら笑う。笑いが止まらない。


「有近君は怒って先に帰っちゃったんだって。で、真菜が私に泣きながら『わたしたち、友達なのにこんなことになってごめんね』って言うの」


 真菜の言い方を真似たけれど、残念ながら総君にはわからないらしい。

 そりゃそうだ。総君は、岸君も真菜も見たことないんだもの。

 扉の向こうからはなんの音も声もしない。


「岸君は岸君で、『真菜が悪いんじゃない、おれが悪いんだ。ごめんな』とか言って、真菜を慰めてんの。もう、真菜はずっと泣きっぱなし。そんな真菜を見てたらさ、『私より辛いのかな』とか思いはじめてね。だって、私なら友達に対して、絶対こんなことしないもん。でも、真菜が、『友達』だ、っていう私にそれをしたのなら、きっと凄く悩んだだろうな、とか思って……」

 私は相変らず笑いながら続けた。


「それに、私、二人の前では一滴も涙が出なくてね。そしたら、やっぱり、こんなに泣いてる真菜の方が辛かったのかな、って。もう……。何も考えられなくなって……。大丈夫だよ、って。よかったね、幸せにね、って。三人で結局京都から帰ってきた」

 ははは、と私は笑った。


「三年になって、私は強引に別の研究室に変わったんだけど、卒業までずっと付き合ってたわね、あの二人。今でも付き合ってるんじゃない? 知らない。大学卒業したら、仕事が忙しくて会ってないから」


 それでね、と私は続ける。

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