第88話 寝室(2)

「……え。もう、飲んでるの?」

 リビングに入ると、いつも通り、スツールに座ってテレビを見ていたそう君が、目を丸くして私に声をかける。


「うん」

 短い返事だけして、顔をしかめる。


 お酒って、飲んだら陽気になるんじゃないの。

 皆、楽しそうに飲んでるじゃない。

 そんなことを思いながら、平衡感覚が危うくなるのを感じる。


 ちっとも楽しくならない。総君の顔を見たら、どんどん苦しくなる。


「もう、寝るね」

 そう言って、寝室に向かって歩く。自分は真っ直ぐ歩いているつもりなのに、何だか妙に扉が遠い。


「コトちゃん。大丈夫?」

 総君がスツールから立ち上がるのが見えたから、焦って私は寝室に向かう。


 厭だ。近づいてほしくない。


「コトちゃん」

 総君の声を振り切るようにして寝室に入り、後ろ手に扉を閉めた。


 真っ暗な中、缶チューハイを持っていない方の手で壁に手を這わせ、パネルスイッチを押す。


 かちり、と音がしたけれど、白々しい照明はつかなかった。

 豆電球が、何故か灯った。


 私は扉に凭れかかり、ずるずると座り込む。左手に持った缶を揺すると、まだ少し残っているようだ。胸の奥が気持ち悪いけれど、一気に残りを呷った。


「コトちゃん」

 ぼやり、と扉越しに総君の声が聞こえる。


「なに?」

 心の中はもやもやで溢れているけど、眠る寸前のような、そんな酩酊感のせいか、気づけば総君に返事をしていた。


「僕に、怒ってる?」


 扉越しでも、総君がおどおどと私に声をかけている姿が容易に想像できて、私は突如、笑い出した。


 自分でも変になっている自覚はある。あれだ。アルコールのせいで、感情失禁に近い形になっている。


「怒ってないよ」

 笑いながら答え、缶を床に置いた。


 久しぶりに声を立てて笑った気がする。アルコールのせいなのか、声帯を何日ぶりかに使ったせいなのか、喉がむずがゆかった。


「コトちゃん」

「なに」

 不思議だなぁ、と思う。


 あれほど、会話を避けていたのに、今はこんなにするする言葉が出る。天井の照明を見上げた。蛍のような豆電球だ。


「この前の、キスのことだけど……」

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