第86話 コンビニ(3)

 腕を振り回し、怒鳴りつけ、地団太を踏んで総君に何もかもぶちまけたい。

 このお腹の中で滾る衝動を、そのまま吐き出したい。


 私は必死で奥歯を噛みしめ、それを堪える。

 堪えて、私はアパートに向かって無言で歩いた。


 背後では、そう君が『仕事大変だね』とか、『冴村さえむらさんにちゃんと相談してる?』とか、『お昼ご飯、食べた?』と聞いてくる。私は言葉としては何も返さず、前だけ向いて時折頷いた。


 総君は特に怒りもしなければ、不貞腐れもしなかった。


「空、夏の星座が出て来たね」


 そんなことを言っていて。

 私はただただ、アスファルトを睨みつけて歩き続けた。


 力いっぱい地面を踏みしめ、意味なくコンビニのレジ袋を握ってアパートに入る。階段を無言で登り、それから乱暴に玄関に鍵を差し込んで開く。


「先、お風呂入るから。もう寝てて」

 鞄を玄関先に放って、振り返りもせずに洗面所に飛び込んだ。


「うん。わかった」

 総君の声の後、サムターンキーが回転する音とチェーンが掛けられる音がする。施錠をしてくれたようだ。


 私は洗面所で乱暴に服を脱ぎ、そして化粧を落とすことを忘れて舌打ちする。


 丸首のTシャツの襟口に、ファンデがついた。

 もう、イライラする。


 何もかもを脱ぎすて、乱雑に洗濯機に放り込んでから、バスルームに入る。

 冷えて、しんと静まる浴室で、私はシャワーをひねった。

 温水が出始めた頃を見計らって、頭からシャワーを被る。

 目を閉じたまま、手探りでクレンジングを取り、乱雑に泡立ててから顔に押し当てた。正直、化粧が落ちたかどうかなんてわからない。ただ、ひたすらごしごしと、肌に悪いと美容部員から言われそうな手つきで顔を擦った。


 髪も体も綺麗に洗い上げるのだけど。

 ちっともすっきりしない。


 ふかふかの湯気に包まれても。

 私の心は刺々しいままだ。


 この一週間。

 ずっとこの調子だ。


 三日前までは笑えた。

 少なくとも、家に居る数時間は、総君の前で笑えた。


 だけど、もう、無理だ。

 我慢の限界が来た途端、さっきみたいに意地悪な態度を取り続けている。

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