第85話 コンビニ(2)

「はい」

 突き出すように紙幣を渡すと、「お釣りでぇす」とレジ袋に入れた商品とお金を返してくれた。私は『絶対振り返らない』と肩に力を込めて財布にお金を戻し、レジ袋を持ってコンビニを出た。


 自動扉が開き、「ありあっとした」と訳の分からない声をかけられて、外に出る。

 途端に感じたのは。

 背後からの冷気だ。


「最近、遅いから迎えに来たんだ」

 そう君だ。


 私は俯き加減に、足早にアパートに向かう。ローヒールのパンプスの足音に重なり、レジ袋のかさかさという音が暗い住宅街に響いた。


 総君は、足音がしない。

 ふわふわとした冷気を感じるから、多分斜め後ろぐらいにはいるんだろうと思う。

 だけど。

 振り返って確認したくはなかった。


 一方で。

 ついて来てないと思うことが恐ろしかった。


 不貞腐れたように、こどものように、女々しく、馬鹿みたいに一人で不機嫌な私に愛想を尽かし、『じゃあ、ひとりで怒ってろ』と言われて放り出されることが、一番怖くて。


 だから私は。

 さも、もう人目が無いから声をかけましたよ、今までは他人がいたから話さなかったんですよ、無視はしてませんよ、とでも言いたげに総君に話しかける。


「仕事、忙しくて」

 だけど、口から衝いて出た言葉は棘があり、少しも優しくなく、全く可愛げもなかった。


「そうなんだ。疲れてた?」

 それなのに。

 総君が気遣わしげにそんなことを言うものだから、私の心にはまたイライラが渦を巻く。


 馬鹿じゃないの。

 そんなわけないでしょ、さっき見てたんじゃないの。知ってるでしょ。ずーっと、ただコンビニにいるのよ。立ち読みしたり、商品眺めたり、店員の男の子と世間話したり。


 忙しい訳ないじゃない、そう怒鳴り散らしたかった。


 家に。

 ただ、総君のいる家に帰りたくないだけなのよ。

 そんな言葉を、奥歯でかみつぶした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る