4章 あなたに、いてほしい

私は、存外うまく、笑えたようだ

第77話 テレビ前(1)

              ◇◇◇◇


「コトちゃん」

 呼びかけられたことよりも、ひやりとした感覚に私は目覚めた。


「うひゃあ!」

 そんな突拍子もない声を上げて目を開き、それから首を左右に振った。どぎまぎしながら視線を漂わせると、すぐ側でそう君が驚いたように目を丸くしている。


「ごめん。驚かせた?」

 小さく噴出し、そう尋ねる。総君の手は私の頬に伸ばされていて、多分だけど、総君は私を起こそうとして顔に触れたのだ。


「き、急に触らないでよっ」

 思わず睨みつけ、それから自分がラグの上で寝転んでいた事に気付いて、慌てて上半身を起こした。


 いつの間にか、眠っていたらしい。正面のテレビ画面を見ると、エンドロールの途中だった。


「……私、どれぐらい寝てた?」

 思わず総君に尋ねる。


「んー……。逆に、映画の内容、どこまで覚えてる?」

 スツールに座っていたはずの総君は、私と並んでラグの上に胡座している。困ったような笑みを口元に滲ませているから、一生懸命記憶を手繰ってみた。


「地下鉄に爆弾が仕掛けられた」

 答えると、総君がお腹を抱えて笑っている。


「それ、大分序盤だよ。結構寝てたんだね」

 可笑しそうに笑うその様子に、かっと頬が熱くなる。


「ち、ちが……。ちゃんと見てたよっ! 嘘だぁ。中盤はもう過ぎてたでしょ!? むしろクライマックスぐらいのエピソードだったよっ」

 私が訴えると、総君は体を屈めて笑いながら、ちらりと見る。


「誰が黒幕か知らないでしょ。意外な人物だったよ」


「……エリックでしょ」

 そう言うと、また爆笑した。くそう。腹が立つ。


「も一回観る?」

 総君はテレビ画面を指差して尋ねた。喉の奥でくつくつと笑いを押し殺し、愉快そうに尋ねるから、私は子どもみたいにぷい、と横を向いて見せた。


「別にいい。ネットでまた、ネタバレ読むから」

「それ、意味無いでしょ」

 総君が笑うから、ますます面白くない。総君は笑いを滲ませた声で私に言う。


「昨日、ほとんど寝てないんだから仕方ないよ」

 むすっとした表情のままDVDのエンドロール画面を観た。本編中、こんな音楽流れてたっけ、と疑うような曲を聴きながら、総君の言うことに内心、渋々頷く。


 確かに。

 昨日は結局ほぼ寝ていなかった。

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