第76話 リビング(9)

そう君!」

 仁王立ちに近い総君の顔を下から見上げて名前を呼ぶ。ぎゅっと瞑っていた総君の瞳が開き、恐る恐ると言う風に、総君は自分の体を見回した。


「……大丈夫。どこもなんともない」

 総君はにこりと笑う。


 それがまるで合図のように、総君の体に積もっていたガラス片が一斉に床に落下して騒がしい音を立てた。

 私は、気が抜けて上半身ごと後ろに倒れそうな眩暈を感じる。


「大丈夫!? コトちゃんっ」

 慌てて総君が近づくけど、私は左手で額を覆い、右手を横に振って見せた。


「大丈夫」

 答えた声は震えていて、今さらながら、血の気が引く思いだ。

 よかった。

 総君が無事でよかった。

 体がないから、傷など負いようがないのかもしれない。わからない。幽霊のことなんて、わからない。


 だけど。

 総君が、身を挺して私を守ってくれたことは、わかった。


「あの音」

 呟くように言うと、総君は私の側で跪いて目を合わせる。顔を顰めて総君は言った。


「窓ガラスに、外から小石を当ててたんだ」

 総君の言葉に、顎を引いて頷いた。

 本当のところはわからない。憶測でしか物は語れない。だけど。


 音でおびき寄せたのだ。


 こつん、こつん、と異音を立てて寝室に私を呼び込み、窓を開けたところを狙って、大きめの石をガラスにぶつけたのだろう。


 犯人は。

 あの、毎晩玄関ドアを叩く人間と同一人物に違いない。そんな気がした。


「コトちゃん、落ち着いてからでいいから、警察に電話しよう」

 総君の言葉に、深い息を吐きながら「うん」と答えた。

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