第73話 リビング(6)

「なんの音?」

 そう君に尋ねると、「わからない」と答えて、それから私にのしかかるようにして倒していた上半身を起こした。そっと彼が膝立ちになる。


 その時だ。

 がつん、と。


 さっきよりも重い音が響き、首を竦める。


 音は。

 寝室から鳴っている。


「なんだろう」

 私は立ち上がった。


 いつもの、あの寝入りばなに鳴る玄関扉の音じゃない。

 重さを伴った、鈍い音だ。


「この部屋、呪われてるんじゃないの?」

 総君が私の後をついて歩きながら、おそるおそる尋ねるから噴き出しそうになった。


 自分の寝室の扉のドアノブを握る。

 つるりとした金色のノブを回転させ、扉を開く。


 開いてすぐに、壁際の照明スイッチを押した。パネル状になっているスイッチに軽く指を這わせると、照明は一気に光を広げる。


 見慣れた、自分の寝室だ。

 ベッドがあって、ドレッサーがあって、本棚がある。

 ウォークインクローゼットになっているからタンス類がないせいか、女性の部屋にしては殺風景に見えるが、もともとモノを溜めこむのが好きじゃない。


 その。

 寝室で。


 がつん、と。

 妙な音が鳴った。


 私が肩を震わせる目の前で、カーテンが音に合わせて揺れる。

 いや、音に合わせたんじゃない。


 振動で、揺れたのだと気づいた。


「……なに」

 何故、揺れたのだ。

 私はベッドの枕もと辺りにある窓に近づいた。


「コトちゃん。危ないよ」

 戸惑ったような総君の声が、背後から聞こえた。「うん。注意する」。そう言って、カーテンに近寄る。総君は、女性の寝室、ということもあって入るのをためらっているような気配があった。


「コトちゃん、危ないって」

 焦れたような声が近くで聞こえた。どうやら、寝室に入って来たらしい。するり、と冷気が背後から忍び寄る。


 私は窓に近づき、カーテンを掴んだ。近所のホームセンターで買った安物だ。ナイロン製のあのつるりとした触感が指先を通じて頭まで伝わる。


「コトちゃんっ」

 よしなよ。そう言いたげな声がしたけれど、構わずカーテンを開けた。

 カーテンレールの走る、少し高い音が室内に響いたけれど。


 ただ、それだけだ。

 窓の外には暗闇が広がり、鏡面化した窓ガラスには、私の顔しか映っていない。

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