第71話 リビング(4)

「もし、好意を持ってなかったら?」

 この口ぶりは、頑是無い子どものようだ。そう君は仰向けの私の顔の両脇に腕を付き、上から覗きこんだ。


「持ってるよ。冴村さえむらさんはコトちゃんと仲良くしたいと思ってる。だから、もっと相談すべきだと思う」

 子どもを諭すように、緩やかな、少し低めのトーンでそう言われると、なんだか無条件で彼の言葉を信じられる気がした。


 本人は、「向いてない」とあきらめ加減に言ってたけど、存外小学校の先生なんて似合っていたんじゃないだろうか。


「総君ありがとう。ここに居てくれてよかった」 

 仰向けに転がった姿勢のままそう告げた。言ってから、可笑しくなって笑う。


「寝転がって言うことじゃないね」

 上半身を起こそうと、床に肘を着き、膝を曲げたのだけれど。


 総君が、私を覗きこんだこの体勢のまま動かないので、なんとなく身を起こしづらい。


 多分、強引に上半身を起こしても、彼の体にぶつかることはないだろう。私の体は、彼をすり抜け、ちょっと寒さを感じるだけだ。


 だけど。

 だからと言って。

 なんとなく、そういうことはやりづらい。


「総君」

 ちょっと、体を離して。


 そう言おうとしたら、総君は、寝転がった私の首の両脇に腕を付いて、覗き込むようなその体勢のまま「あのね」と声をかけた。


「なに?」

 彼を見上げたまま尋ねる。

 総君は目元と、それから耳を赤くして私を見つめる。


「僕達、つきあって一ヶ月ぐらいだよね」

 私は目を瞬かせる。つきあって、というよりは、『恋愛ごっこ』をして、一ヶ月ぐらいになるだろうか。訂正するのはなんとなく憚られたので「そうね」と頷くに留める。


「あのね」

 と、また総君は繰り返して忙しなく鳶色の瞳を揺らした。


「だったら、このままキスしても……。問題ない?」

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