第70話 リビング(3)
「
涙を堪えているからだろう。体に熱が篭もっていた。だからかもしれない。私の背を撫でる
「コトちゃんが最近悩んでいることを知って、だけど、自分には相談してくれないから彼女なりに悩んで。それで、キツイ言い方をしたのかもしれないけど、コトちゃんの問題意識を吐き出させたんだと思うよ」
まぁ、悩んでいるのは真夜中の騒音なんだけど、と私は思いながらも総君に言う。
「……やっぱり、私が悪いって、言うのね」
この言い方は随分意地悪だ。
分かっていても、それを辞めることができなかった。
怒るかな。機嫌を悪くするかな、と一瞬思ったものの、総君は穏やかな口調を改めなかった。
「コトちゃんは、もっと冴村さんに相談すべきだったんだと思う」
「だって、冴村さんは私に何も言わないもん!」
まるで駄々をこねる子どものようだ、と思いつつもラグにうつぶせたまま、言葉をとめることができない。
「いつも、かっこよく仕事してさ。家庭のこととか子どものこととか全然口にしなくて……。ボランティアさんとも上手くやれてさ……。私なんて……」
「コトちゃんは、異動してまだ2ヶ月程度なんだろう?」
総君がゆっくりとした口調で尋ねる。
「上手くできなくて当然じゃないか。冴村さんだって、きっとそんなこと分かってるよ。だからこそ、コトちゃんのことをたくさん知りたいし、困り感に寄り添いたいんだけど、コトちゃんが何も言わないから、冴村さんだって悩んでたと思うよ」
「何も言わないのは、冴村さんのほうじゃない」
「コトちゃんが言わないから、冴村さんは黙ってるんだと思う」
ふわふわと私の背で、冷気が移動する。それがとても気持ちいい。
「僕、冴村さんの気持ち、分かる」
そう言ってから、総君は私に伝えた。
「コトちゃんから、プライベートなことを冴村さんに言ってご覧よ。きっと、冴村さん、待ってる気がするな。コトちゃんが好きな……。ほら、あのロックバンド。You Tubeの動画見て、毎回同じシーンで『目が合った気がする』とか言って大騒ぎしてるあのバンドの名前とか言ってみなよ。そしたら冴村さん、きっと乗ってくるよ」
「そんなの、私に話を合わせてるだけじゃない。待ってる、とかそんなんじゃない」
顔を伏せていて見えないのを良い事に、口を尖らせてそう言った。
「相手に好意を持っていたら、相手が少しでも心を開こうとするときに、自分も情報開示をするよ」
総君が笑いを滲ませた声で答えた。
なんとなく。
なんとなく、頭の中で、唇の両端をわずかに上げて、ゆったりと微笑んでいる総君のイメージがあった。
そのイメージが湧いた瞬間、総君の顔が見たくなった。
脳内のこの表情ではなく、直に彼の顔を見て、声を聞きたい。
そう思った。
私はごろん、と仰向けに転がる。行儀悪いけど、寝転がったまま、総君を見上げた。
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