第69話 リビング(2)

「っていうか、毎日の報告って、どうなってたの。正田しょうださんの訪問とかの報告」

 ひんやりとした空気を背中に感じると言うことは、そう君はやっぱり私の背中を撫でてくれているのだろう。彼の言葉を聞きながら、腕で覆っていた顔を少しだけ出す。


「……日常生活支援事業の上司は山下さんだから、日報で内容は連絡してる」

「文書で、ってこと?」

 さりげなく追求され、口を噤む。


 そう。知ってて、やってた。


 山下さんは、日報を深く読まない。

 ざっと視線を走らせ、確認印を押す。それを知っていて、正田さんの件を口頭ではなく文書だけで済まそうとしたのは、確かに私だ。


 何故、そうしようとしたのか。

 答えは簡単だ。


 ……誤魔化そうとしたのだ。


 もめている、とか。利用者家族と上手くやれていない、とか。ましてや脅迫まがいの行為を受けたことがある、とか。


 そう言った一切合財を伏せて。

 そしてなんとか上手く辻褄を合わせて、そして引継ぎを行おうとしたのだ。


 どうせ、山下さんは深くつっこまない。そこにつけ入って、私はなんとか無難に業務を引き継ごうとしたのだ。


 冴村さえむらさんに、『私は上手くやっています』と言いたいがために。


「まぁ、日報をちゃんと読まなかった上司もまずいとは思うけど、こういうやり方はいつかばれちゃうと思うよ」

 静かな声で、だけど私の内心を慮ってか、総君は続ける。


「だからね。事業所トップの上司の前で、何もかもを打ち明けさせて、結果、今後の方針を明確にした冴村さんのやり方は、決して間違ってないと思うし、それはコトちゃんのためでもあるわけで……」


「じゃあ、やっぱり、私が悪いって事よね」

 八つ当たりだと言うことは自覚しながらも止められない。そうだ。隠していた私が悪いのだ。


 総君の言うとおり、冴村さんは、私が「隠していた」ことについては局長の前で叱ることによって不問に付し、今後の方針をさっさと決めてくれたのだ。


「冴村さんが正しくて、私が間違ってたのよね」


 私はラグに顔を伏せたままそう言う。

 姿勢のせいで、声が大分くぐもった。かろうじて泣き声になりそうなのは必死で堪える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る