このままキスしても……。問題ない?
第68話 リビング(1)
◇◇◇◇
「……で、今の話で、落ち込むポイントはどこ?」
リビングのラグにうつ伏せになり、亀のように蹲る私に
「全部―――……。もう、消えたい―――……」
頭を両腕で抱え、ぐりぐりと額をラグに押し付けた。毛足の長いラグはふかふかで、私はその感触に若干癒されながらも、不機嫌な犬のように喉の奥でうなり声を上げた。
「僕はコトちゃんの話を聞いて、安心したけど」
ふわり、と背中に涼しさを感じて、腕の間から少しだけ目を覗かせる。
すぐ隣に総君が胡座して坐り、そしてどうやら私の丸めた背中をなでてくれているらしい。
「私は総君が感じた『安心ポイント』がわからないぃぃ」
また私は伏せて頭を横に振る。額から頬にかけてのラグの肌触りにささくれ立った心を宥めながら呻く。
「だって、
総君の言うとおりだ。
結局あの後、局長と
次の担当はベテランであり、私の元上司である山下さんだ。山下さんの提案により、訪問時は必ず局長か行政のケースワーカーが随行することとなり、一人での訪問は避けよう、という話になったそうだ。
だけど。
「正田さんのケースは、私の仕事だったのにぃぃ……」
私は呻く。
「でも、冴村さんからは、早急に引き継ぐように言われてたじゃないか」
穏やかに総君に言われ、「うう」とくぐもった声を上げた。なによ。この前の会話、しっかり覚えてたのね。
「経緯はどうあれ、コトちゃんの手を離れたし、よかったんじゃない?」
総君はゆっくりと私の背を撫でながら続けた。
「そうかなぁ」
まだ悶えながら答える。
「きっと、正田さん、気にしてると思う。担当が変わったこととか……。自分のせいだ、とか思ってたら気の毒……」
「だったら、デイサービス利用の時に顔を覗かせてみたら? 担当外れたら、会っちゃいけないってことないんでしょう?」
総君の言葉に、渋々「うん」と応じ、そしてまた大きくため息を吐いた。
実際、デイサービス職員からは、『正田さんと仲がいいみたいだし、訪問時だけじゃなく、デイルームにいるときにも声をかけてあげて』と言われたことがある。
私が雅仁さんから虐待を受けていないか、入浴時に体を見てあげて欲しい、といった時だ。
『私達より距離感近いみたいだし……。いろいろやりとりしてるんでしょ?』
そう言われ、なんのことを指しているのか分からずに曖昧に笑うと、首を竦めて同情された。多分、
「まだなんかあるの? 引継ぎも上手く行ったんだよね」
総君の苦笑する声が聞こえ、不機嫌な犬並に唸った。
「今回の件って、完全に、私の『仕事の出来なさ』を露呈させてない?」
私だって、冴村さんに急かされなくても、『正田さんの引継ぎ』について意識していた。ボランティアセンターに異動してからというもの、今自分が抱えている仕事については、誰かに渡さなくてはいけないことは理解もしていた。
だから、自分なりに時期とか内容の精査をして、そしてしかるべきお相手に『引継ぎ』をしようと思っていたのだけど。
「これじゃあ、まるで、にっちもさっちもいかなくなって、正田さんの件を局長命令で山下さんに『丸投げ』したみたいじゃない」
泣きそうになって総君に訴える。
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