第66話 ボラセン(7)

 ぞくり、と。


 その狂気の滲む瞳に体が強張った。

 まずい。

 私はじり、と一歩後ろに下がった。


 以前、相談ケースでこんな目をした男に殴りかかられそうになったことがあったのを思い出す。


「待ちなさい!」


 雅仁まさひとさんが、獣じみた動きで私に飛びつこうとしたときだ。

 冴村さむらさんの声が室内の空気を打った。

 弾かれるように雅仁さんは振り返り、私も冴村さんを見た。


「それ以上彼女に近づいたら、警察を呼びますよ」


 冴村さんは眉根を寄せ、深い縦皺を一本刻ませている。そして右手には事務所に設置されている電話の受話器を握っていた。


「彼女に何か正式に伝えたい事があるのなら、しらふの時に来てください」

 冴村さんは、中途半端な四つん這いのような姿勢で動きを止めている雅仁さんに冷たく言い放った。


「ねぇ、警備員さん、呼ぶ?」

 気付けば、下川しもかわさんがテラスに立っていた。


 顔だけ覗かせて私達の顔を順繰りに見ると、立てた親指を非常用階段の方に向けた。


「一応、下で待機してもらってるけど、どうする」

 下川さんの言葉に私は戸惑ったように冴村さんを見た。


 警備員なんて洒落たものはこの館内にはいない。


「警察と警備員、どっちがいいですか」

 冴村さんはだが、その下川さんの嘘に乗った。雅仁さんに涼しい顔で尋ねると、舌打ちして雅仁さんは立ち上がる。


 ゆらり、と何度か上半身を揺らめかせて出入り口のほうに歩きながら、ぶつぶつとまだ私に対して何か言っているようだ。


「おい」

 すり足で歩きながらも、雅仁さんは私を振り返り、酔って濁った目で私の姿を捕らえた。


「このまんまで済むとおもうなよ」

 そう吐き捨て、足を引きずるようにしてボランティアセンターを出て行った。

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