第64話 ボラセン(5)

 カーゴパンツのお尻のポケットにねじ込んでいたスマホが振動していて、私は下川しもかわさんに一言声をかけて、パネルを見る。


 発信者は、ボランティアセンターになっていた。

 なんだろう。帰着が遅いとでも思われたのだろうか。慌てて電話を取る。


「すいません。菅原すがわらです」

「今、どこにいる」


 冴村さえむらさんの硬い声に、思わず背筋が伸びた。

 ミスが続いている上に、サボっていると思われたら大変だ。一気に額から血の気が引き、「あの」と答えたときだった。


「君は、一旦、一階事務所に待機だ」

 鋭く冴村さんが指示を飛ばす背後で、野太い声が彼女の声を打ち消す。


「菅原を出せっ、つってんだろうがよ!」


 男の声に聞き覚えがあった。

 あいつだ。正田雅仁しょうだまさひとだ。


「今外出をしておりましてねぇ」

 妙に間延びしたような声は、局長らしい。「どこ行きやがった!」と激高している雅仁さんをいなすように、「業務でねぇ」と答えるのが聞こえた。


「ボランティアセンターには戻るな」

 低く、短い冴村さんの声に私は通話を切って、駆け出した。


 あいつ。怒鳴り込んできたんだ。

 ボランティアセンターの勝手口に向かって走る私に、「菅ちゃん?」と戸惑うような下川さんの声が追いかけてきたが、振り返らない。


 勝手口、とボランティアさんは呼んでいるが、いわゆる館外にとりつけられた鉄骨の非常階段だ。本来は、それこそ『非常』以外使わないのだろうけど、正面玄関に回らず、ボランティアセンターに直接入れるから、ボランティアさんは頻繁にこの通用口を使用している。


 私はくの字に2度曲がる階段を走る。


 足元で、かんかん、と甲高い音が鳴り、その音を聞きながらどんどん頭に血が上るのを感じた。


 きっとまた。金の無心だ。

 眼鏡の見積もりなど、結局持ってはこなかった。あいつは純粋に自分の金欲しさに正田さんに寄生しているのだ。


 私が出さないから、強行手段に出たのだろう。


 あいつめ、と怒りが湧きあがる。

 これ以上冴村さんには迷惑をかけたくないのに、よくもボランティアセンターに乗り込んできやがったな、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る