第63話 ボラセン(4)
「ちょとねぇ……」
私は呟く。
「仕事のこと?
「……冴村さん、なんか言ってました?」
促してみると、下川さんが困ったように禿げ上がった頭を撫でる。
「一緒に移送活動に行く時に、『なんか気付いたら教えて』って言われて」
おれが言った事、内緒にしててよ、と下川さんに言われ、ひっそりと溜息をつく。
実は、睡眠不足のせいか、凡ミスが続いている。
給食食材の発注量の間違いだったり、活動室利用のダブルブッキングだったり。
今のところ致命的なミスはないし、謝罪をすれば冴村さんは笑って『
ミスは、ミスなわけで。
段々と申し訳なさのほうが先に立ち、何度も何度もしつこいぐらい確認をしている様子に、今朝『もっと気楽でいい』と言われたところだった。
「なんか悩んでることがあるんなら、冴村さんに相談してみたら」
下川さんが暢気な口調で言う。移送ボランティアさんは下川さんを含め、全員が男性ボランティアさんで、定年退職後に活動に参加している。『社会人として』のアドバイスを以前からもたくさんいただいたりしていて、私も気軽に『こんな時、ビジネスマナーとしてはどうなんですかね』とか質問したりするのだけど。
冴村さんに相談してみたら、と言っても、それを素直に実践してもいいものかどうか少し迷う。
というのも。
内容があまりにもプライベートすぎるからだ。
これが例えば業務上の悩みとかであれば、下川さんに促されずともさっさと相談しただろう。だけど、『夜中に玄関扉を悪戯されて眠れません』というのを冴村さんに相談してもいいものかどうか。
ついでに言えば、冴村さんはプライベートなことは、百パーセント話さない。
冴村さんの家族状況は漠然と知っているけれど、お子さんの年齢なんかは全く分からない。
冴村さん関連の情報の出所も、以前の私の上司である山下さんからだ。
ちなみに言えば、山下さんは日々、プライベートな情報を垂れ流していた。やれ、旦那さんが夜遊びして帰って来ない、だの、息子が反抗期で面倒くさい、だの、私は山下さんのご家族にどなたも会った事がないけれど、それでも情報だけはふんだんに知っている。
そんな山下さんになら、なんとなく相談したかもしれない。
資料作成しながら山下さんの愚痴に付き合い、「ところでですね」と言っていたかもしれない。「毎晩ドアを叩かれて寝不足なんですよ」と。
だけど、とまた内心で溜息をつく。
仕事の話と世間話程度しか口にしない冴村さんに、超プライベートな相談をしてもいいものかどうか。
どうも、踏ん切りがつかない。
思わず黙り込んだ私は、下川さんの視線を感じて顔を上げる。下川さんが更に何か言おうと口を開いた時だ。
私の携帯が鳴った。
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