第61話 ボラセン(2)

『私が仕事の時はなにしてるの?』

 以前尋ねると、学校の授業を見学している、とそう君が答えて驚いた。

 この学区の小学校を回っていろんな授業を覗いているらしい。


『それ、楽しいの?』

 呆れてそう聞くと、困ったように微笑まれた。


『昔、教員になりたくて……。教員免許は持ってるんだ』

 小声で答えられて驚いた。


『ただ、向いてないな、って思ってて……。ほら、僕、おどおどしてるし、子どもの前で良い先生になれそうにないし……』

 総君は顎を指で掻きながら悲しそうに笑った。


『教育実習で痛感したんだ。あ、僕向いてないな、って』

 そう言う総君に、なんて返せばいいか分からず、あいまいに『そんなことないよ』と口にしたのを思い出す。


「チェック完了」

 下川しもかわさんが後部座席のスライドドアを閉めて報告する。「よし」。私は慌てて返事をした。


 下川さんたちが携わるのは、『移送』というボランティア活動だ。

 移送とは、公共の交通機関を利用して医療施設に通院が出来難い、車イスやストレッチャー生活者に対し、社協が保有するリフト車をボランティアが運転して、自宅から目的地まで送迎する活動のことだ。


 運転者と介助者の二人セットでボランティア活動をするのだけれど、今朝になって、介助ボランティアから「体調不良により行けない」と連絡が入った。慌てて他のボランティアを調整したのだけど、誰も都合がつかない。だからといって、利用者がいる活動を中止には出来ないので、冴村さえむらさんに命じられて私が下川さんのパートナーとして活動に参加していたのだ。


「じゃあ、私は職員通用口から館内に入りますから、下川さんは先にボランティアセンターに向かってください」

 おう、と下川さんは答えてから、それからやっぱり気遣わしげに私を見た。


「大丈夫? なんかしんどそうだけど」

 下川さんが車を施錠して声をかけてくる。


「ありがとうございます」

 少しだけ口の端を上げて応じた。


 大丈夫か、と言われたら大丈夫だけど、しんどいか、と言われたら、実はしんどい。


 というのも。

 確実に睡眠不足だ。


 音が。

 鳴るのだ。


 一週間ほど前から毎晩。

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