3章 これは『恋愛ごっこ』
私が仕事から帰ってくると、「おかえり」と出迎えてくれる
第60話 ボラセン(1)
「随分と眠そうじゃないか」
助手席のドアポケットから取り出したファイルに、使用履歴を書き込んでいたら、運転席から声をかけられた。バックアラームが停止している事に気付き、フロントガラスを見ると駐車位置に停まっている。
「お疲れ様です」
苦笑して私は隣の運転席を見た。そこに座っているのは、移送ボランティアの
「
苦笑して下川さんが、キロ数を私に伝える。私はそれを使用履歴に書き込みながら、苦笑した。
「ちょっとねぇ、いろいろあって」
そう言って語尾を濁らせ、ファイルに必要事項を書きこんでいった。
「男だろ。寝かせてもらえないんだな?」
エンジンを停止させながら、からかうように下川さんが言うから、「あはは」と笑って受け流す。
男性ボランティアさんは、こんな会話が好きだ。移送ボランティアには、定年退職後の男性が多いせいか、「このご時勢だったらセクハラだな」と思うようなことを口にする。対して年配の女性ボランティアさんは、私のような年齢で独身だと、「結婚すべき発言」が多くなり、「それもモラハラになりますよ」と苦笑したくなる。
「男じゃないです」
ファイルをドアポケットに戻し、シートベルトを外す。下川さんは、「本当かぁ」と言いながら先に下車し、後部座席に回って扉を開いていた。各種チェック項目にしたがって目を走らせる下川さんに、「本当ですよ」と答えて助手席を降りた。
それは、本当のことだ。
『恋愛ごっこ』の相手である
彼と一緒に生活し始めて一ヶ月近くが過ぎようとしているが、生来総君が大人しい性格のせいか、私と彼の間で波が立つことはない。
私が仕事から帰ってくると、「おかえり」と出迎えてくれるし、仕事の話をすると、興味深そうに相槌を打って聞いてくれる。総君はモノに触れられるけど、意識すればモノを通過することもできるらしい。だから、アパートを施錠していても、自由に外と内を出入りしている。
そうやって。
仕入れた情報を駆使して、休日には総君が考えた『デートコース』を二人で散策する。
どうも、カフェの一件以来、総君は私にお金を使わせるのは極力避けようとしているようだ。従って、彼の組み立てる『デートコース』は、公園を散歩とか、ショッピングモールや公共施設で行っている無料イベントの見学なんかがふんだんに含まれていて、どこか学生のデートのようだ。
それでも。
普段、あんまり仕事以外外出しない私にとっては目新しい物ばかりで。
よくこんなイベント見つけてきたなぁ、と総君には感心しきりだ。
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