第59話 カフェ(9)

 どしりとした重みを心は感じ、手から這いのぼる冷たさは、心臓を鎮めていく。


 思わず、するりと彼から離れそうになる私の手を。


 そう君の手が、留めるように、握り締めた。


 実際は。

 私に触れず、彼の指は掌を透過する。


 だけど。

 私は慌てて、彼の掌を捕まえようと指を宙に彷徨わせる。


 それは。

 総君も同じだった。


 二人とも、零れ落ちる瑣末な欠片を押し留めるように、流水を手で受けようとするように、互いの指を探してもがく。


「総君、じっとしてて」

「コトちゃん、動かないで」

 気付けば焦ってそう言い、同時に総君も私に訴えた。


 それぞれが、それぞれに発した発言内容を頭でめぐらせ、そして数秒間凝視して。

 やっぱり一緒に笑い出した。


「なかなか難しいね、これ」

「ほんとだよ」

 往来である事も忘れて私は笑い声を上げ、前を歩く大学生カップルに訝しげに振り返られる。私は慌てて顔を反らして飲食店店内を眺める振りをしながら、それでも笑いが堪えられずに唇が震える。


「コトちゃんが、じっとしてて」

 総君の笑いを滲ませた声に、私は飲食店から視線を外し、彼を見る。


「手。つなぐから、じっとしてて」

 総君の穏やかな鳶色の瞳を見つめ、私は頷く。手を彼のほうにちょっとだけ伸ばし、止めた。総君がその掌を包むように自分の掌を押し当てる。


 ぞくり、と。

 腕から冷気が昇り、心臓と首裏の体温を奪う。


「ごめん。寒い?」

 総君が怯えたように手を離そうするから、慌てて首を横に振った。


「大丈夫。気にしないで」

 我慢できないほどの寒さではない。笑みを作って彼を見上げると、総君は躊躇ったものの、また私の掌に自分の手を重ねた。


「コトちゃんの手、あったかい」

 総君が微笑む。なるほど、私が彼の冷気を感じるように、私のぬくもりは彼に伝わっているらしい。


「よかった」

 思わずそう呟いた。私だけが何かを感じ取っているんじゃない。そう思ったのだけど、総君には意味が分からなかったのか、曖昧に首を少し右に傾ける。


「ねぇ」

 総君に話しかけられ、「ん?」と尋ねる。


「初デートだね」

 総君はくすりと笑い、私はその笑顔にお腹のそこをくすぐられたような気持ちで、やっぱり笑う。


「そうだね」

 そう答え、私達は手を繋いでアパートまで歩いて帰った。

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