第57話 カフェ(7)
「出よう、か」
多分。
店内はほぼ満席だ。ギャルソン男子は、次にカウンターに客を誘導するだろう。そうすると、今総君が座っている席に誰か坐りに来るかもしれない。
だって。
総君は誰にも見えないのだから。
きっと彼は苦笑して席を立つだろう。見えないんだから仕方ない。そう言って、誰だかわからない客に席を譲る。
なんだかそれが。
私には耐えられない。
「ごめんね」
総君に断りをいれ、彼の元のブレンドコーヒーを手繰り寄せて飲み干す。もう冷えてやけに酸味が強く、あったかい時に飲めばまた感想が違ったろうな、と思った。
「お客さん、いっぱいだね」
鞄を持ってカウンターチェアーから降りると、彼もするりと立ち上がった。体重を感じさせないその動作は、とても優雅に見える。総君は店内を見回して私にそう言うから、不自然にならない程度に頷いてレジに向かった。
レジでは、先に大学生らしい男女が支払いをしていた。男の子が女の子に何か話しかけながら、精算をしている様子に、背後から「……あ」と小さく声が聞こえた。ちらり、と視線を送ると、総君が何か焦っている。
「ありがとうございました」
さっきのギャルソン男子とは別の、もう少し年配の男性店員がレジで声を上げる。どうやら大学生達の会計が終了したようだ。私を促すように見た。男女が扉から出て行き、レジに近づく。
「ごめん。僕が誘ったのに、お金とか……。全然考えてなくて」
総君の困惑したような声が背後から聞こえてくるけど、振り返るわけにもいかないので、笑顔を作って男性店員が告げる金額を支払う。
「ラテアート、初めて見たんですけど、すごく可愛かったです」
財布を鞄に戻しながら、レジの男性店員に告げる。
本当は総君に言いたいのだけど、人の目がたくさんあるこんなところで話しかけたら、変人確定だ。
「なかなかこんなお店に入る機会もないから。ありがとう」
そう言うと、背後からは小さな、少し安堵したような息が漏れ、レジの男性店員は満面の笑みで「ありがとうございます」と答えてくれた。
私は扉のドアノブを押して、店外に出る。
ふわり、と。
この時期らしい心地よい夜風が肌を撫でた。微かに冷気を感じて隣を見ると、総君がいる。
「ごめんね」
元気をなくして、なんだかうな垂れる総君に、私は笑う。「なんで謝るのよ」。彼に伝えて、ゆっくりと歩道をアパートに向かって歩き出した。
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