第55話 カフェ(5)

「ラテアートは何かご希望が?」

 ギャルソン男子が尋ねるから、以前ニュース番組で見た「ラテアート」の記憶を手繰る。


「白鳥の形とか……。できる?」

 なんか他にもあった気がするが、『白鳥』しか思い浮かばなかった。


 私はさも他にも知っているような顔で尋ねると、「かしこまりました」とギャルソン男子は恭しく頭を下げた。


「当店の商品はSNSでアップして頂いても差し支えありませんので」

 そう言われて、内心きょとんとした。何を言っているのかよく分からないまま、「あ、そう。ありがとう」と答える。小さく頷いて離れるギャルソン男子の背中を見て、なんとなく彼が言わんとすることを想像してみた。


 そして、噴出しそうになる。


 多分、実際は一人なのに、『二人で飲んでいる』という写真をスマホで撮り、SNSか何かにアップすると思ったのだろう。


 私がそんな女に見えただろうか。


「本当にアップするの?」

 隣でそう君が尋ねるから、無言で首を横に振る。「だと思った」と総君が小さく笑う。


 何気なさを装って隣を見ると、長い脚を投げ出すようにしてカウンターチェアーに座る総君が、目を細めて私を見る。


「そんなことしそうにないから……。僕のためにありがとう」


 なんだか照れくさい。

 そうだ。実際は、ちゃんと『二人』なのだ。

 背中に回した鞄から文庫本を取り出しながら、小声で「どういたしまして」という。


 文庫本を読んでいる振りをしたら、口元が隠れるかな、と思って持ってきた。私の髪はセミロングだから、俯けば髪が顔を隠してくれる。本に視線を落としていたら、ずっと俯いていても違和感はないだろう、と思ったのだけど。


「失礼いたします」

 背後から声が聞こえて斜めに視線を向けると、例のギャルソン男子が、グラスに入った水と、ブレンドコーヒーを持ってきた。


 私の前に置いて下がっていくので、そぉぉぉっ、と隣の総君にコーヒーカップを近づける。総君はそんな私の動きを見て、可笑しそうに笑ったけれど、やっぱり「ありがとう」と言った。


「本、好きなの?」

 テーブルの上に置いた文庫本を指さして、総君は尋ねる。私は小さく頷いた。


 小説が好きだ。

 別にジャンルは問わない。エンタメ系でもラノベでも。推理ものでも文芸でも、名著と呼ばれる古い作品でも気が向けば手に取って読む。


 ただ、自分の中で絶対的にルールがある。

 ラストがハッピーエンドじゃないと読まない。


 推理小説なんて、ラスト読んだら犯人わかるじゃない、と大学時代の友人に呆れられたけれど、それでもラストを先に読んで、そこに救いがなければ読まない。


 だって。

 私は物語に安らぎを求めているのだから。


 この現実があまりにも酷くて辛くて、嫌な人間しかいないから。

 現実逃避の為に物語世界に逃げ込んでいるのに。

 そこでまで、醜いものを見たくはない。


『なんか、違うんだよなぁ』

 不意に、翔真しょうまの声を思い出し、私は肩を震わせた。『そんなの読むなよ、片づけろ』。舌打ち混じりのあの声がよみがえり、その声を振り払うように、首を振った。

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