第54話 カフェ(4)
なんだろう、と顔を起こし、隣の
店の扉は、一面ガラス張りの押し扉だ。
店内と店外で明度に差があるからだろう。鏡面化し、そこには私の姿だけ映っていた。
「コトちゃん、僕と一緒に店に入るとしても、他人から見たら、一人で店に入るんだよね」
総君は私を見下ろし、気遣わしげに瞳を左右に揺らす。
「大丈夫? 一人で飲食店に入れる人?」
尋ねられて思わず噴出した。
「女子高生じゃあるまいし。三十が間近に見えた独り者は、全然入れますとも」
店の中からギャルソンエプロンをつけた男性が伺うようにこちらを見ていたので、口元を軽く握った拳で隠しながら答える。咳をしているように彼には見えただろうか。
「店内ではあんまり話せないから、今注文を決めよう。総君、何が良い?」
「僕、オリジナルのブレンドコーヒーで」
カフェラテじゃないの、と突っ込みたくなるのを押さえ、くつくと笑う。
多分、アレだ。
私に合わせてくれたのだ。
女の子が好きそうな、なんかこう、可愛らしい店を、と一生懸命考えたのだろう。
「あ。でも、僕飲めないから。注文しなくていいよ」
言ってから慌てたように総君は付け加える。
「私一人で飲んだら変じゃない。二人で来てるのに」
彼にそう言うと、店のレバーハンドルのついたドアノブを押し下げ、店内に入った。
「いらっしゃいませ」
店の中から様子を伺っていた、例のギャルソンエプロン男子が、にこやかに挨拶をする。
「お一人様でしょうか」
はい、と答えるのは総君の手前憚られて、無言で頷くに留めた。「こちらへ」と案内されたのは、カウンター席だ。
幸いな事に、隣が数席空いている。
斜め後ろにいる総君に視線を走らせ、目で促すと、総君は私の隣に座った。
ちらりと店内を一瞥すると、確かにテーブル席はほぼ満席状態で、皆、大学生ぐらいの年の男女が座っている。騒がしいのかな、と思ったものの、そんな客は今のところいないようだ。
「ご注文はお決まりでしょうか」
足の長いカウンターチェアーに坐り、鞄を背もたれと背中の間に押し込んでいたらギャルソン男子が尋ねてきた。
「ああ。えっと……。ブレンドコーヒーと、カフェラテ」
注文内容に、ギャルソン男子は動きを止める。瞬きさえ止めて私を見るので、苦笑した。
「ブレンドコーヒーとカフェラテ。カフェラテはラテアートをお願いしたいの。二杯とも私が飲むんだけど……。そういう注文はダメ?」
言いなおすと、ギャルソン男子は首を横に振った。「とんでもございません」。営業スマイルを顔に浮かべてそう答える。
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