ラストがハッピーエンドじゃないと読まない
第51話 カフェ(1)
◇◇◇◇
駅を出たところでスマホが振動した。鞄から出して視線を走らせると、母だ。
「なに? どうしたの」
通話に出ると、「従姉妹の
「9月だったらまだ先だし……。夏ごろに自分で持っていく」
私は往来の邪魔にならないよう歩道の端に移動して足を止めた。「へぇ、愛実ちゃんがね」と返すと、母は不機嫌そうに溜息をついた。言わんとしていることはわかるだけに、思わず苦笑すると、棘を含んだ言葉を電話越しに投げつけられた。
「お母さんのきょうだいの中で、あんただけがこれでもう結婚してないんだからね」
「まぁ、そのうち。うん」
曖昧に語尾を濁して通話をきろうとしたら、「ここまで待ったんだから、条件の良い人を狙いなさい」だの、「年取って結婚するなら年下男よ」だの、「多少のことは目をつぶりなさいよ。あんたも人のこと言えないんだから」と立て続けに言われ、私は慌てる。
「ごめん。待ち合わせしてるから、今度ゆっくり」
一方的にそう言い、通話を切る。まぁ、向こうだって一方的にまくしてててるんだからいいだろう。
私は息を吐き、鞄にスマホを戻した。再び人の流れに乗って歩き出す。ロータリー部分を通り過ぎ、目の前の二車線道路を挟んで向かいを見た。
薄闇を退けるほどの光量を発しながらコンビにはいつも通りそこにあって。
そして。
やっぱり、コラージュのように。
どうしてだろう、と。
何故だか心の端っこが、ぎゅっと握り締められたようになる。唐突に、鷲づかみにされた刹那、息が止まる心持だ。
コンビニの自動扉脇に立ち、周囲を伺うように視線を走らせている総君を見た。
午前中、正田さんの家の前で別れた時のままだ。チェックのシャツに、デニムのパンツ。ふわふわとした髪は手櫛を通した程度だ。
あれだけ。
あれだけ、穏やかな瞳で、満ち足りた表情をして、あどけない笑みを浮かべているのに。
彼だけ。
彼だけ、この世界からはじき出されている。
上手く、混じれないでいる。
「あ……」
私を認めて、総君は嬉しげに声を上げた。
二車線道路を挟んで向かい合い、にっこりと微笑む。
総君はわざわざ渡って私のところに来ようとするので、慌てて右手を上げて制した。流石に人が多すぎて、『私が行くからじっとしてて』と声を出すのは憚られる。
他の通行人に混じり、車が途絶えるのを待って道路を横断した。
「おかえり」
隣に歩み寄ると、総君が私に声をかける。一人暮らしを始めて初めて「おかえり」なんて言われたような気がして、なんだか照れくさい。
「ただいま」
小声でそう応じると、総君もはにかんだように笑った。
「どこに行くか決まった?」
人並みを避け、私は歩道の端を歩きながら、俯き加減に、出来るだけ小声で隣の総君に尋ねる。
「えっとね。あっち側にあるカフェなんだけど」
総君はアパートとは正反対を指差した。駅の東側だ。西側は住宅が集まっているが、東側はバスルートも確保された商店街が入っていたり、少し先には郊外型の大型ショッピングモールがあったりする。引っ越してきて以来、異動も重なったせいで、休日はつかれきってうろうろする元気もなかったが。
私は総君を見上げる。
二人でなら、楽しそうだ。
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