第50話 正田宅(10)

「あれ……。息子?」

 隣から冷気を感じ振り仰ぐと、そう君が立っていた。


 私が乱暴に閉めた玄関扉を眺め、呆れたように呟いている。どうやら怒気を通り越したらしい。


「息子。正田さんの年金にたかる馬鹿」

 端的に彼を表現した。


「……こういうのも仕事なの?」

 領収書は貰った、通帳はバッグに戻した、お金は渡したと心の中で確認していた私は、再び総君に顔を向ける。


「なんか、福祉って、さっきのボランティアセンターみたいに、高齢者の人とわいわい賑やかにやったり、障がいのある人のお手伝いとかをするんだと思ってた」

 予想外に気遣わしげな瞳を向けられ、苦笑した。


「ボランティアセンターが清らかでイメージが良すぎるのよ。どんな仕事でも、『良い部分』があれば、『悪い部分』もあるもんじゃない?」

 門扉に向かって歩く。


 日常生活自立支援を利用している人がすべて正田さんのようなケースではない。

 ただ、正田さんがレアケースと言うわけでもない。


 私が去年まで預かり、現在は山下さんが引き継いだ鈴木さんだってそうだ。軽度の知的障がいがある彼女は、就労継続支援事業A型で働いている。


 その彼女の賃金を、すべて母親がむしりとっていた。それだけじゃない。障害年金もだ。

 そのことに気付いたA型の支援員が社協に相談し、日常生活自立支援制度を彼女は利用して、ようやく母親が彼女の賃金に手をつけられなくなった。


 結果。

 あれだけ社協に罵詈雑言を並べ立て、私など盗人呼ばわりして喚き倒した母親だったけれど、お金が奪えないと分かった途端、娘に全く興味を示さなくなった。家からも出奔し、仕方なく鈴木さんはグループホームに入居した。母親は今ではどこにいるのかもわからないのだそうだ。鈴木さんは随分と寂しい思いをしている、と支援員は溜息混じりに言っていた。


「ねぇ」

 門扉を出て、閂をかけながら総君を見上げる。


「もうそろそろ、私のお仕事見学は終了でもいい?」

 にっこり微笑んでそう尋ねると、総君は慌てたようにがくがくと首を縦に振った。その様子を見て私は笑う。


「よかった。このままずっと仕事が終わるまで私につきまとうんだったら、『待ち合わせデート』にならないもんね」

 総君は、『待ち合わせデート』という単語にやけに反応して耳まで赤くなっている。


「あの駅周辺に、カフェが何件かあるの。どこに行きたいか決めておいて」

 総君に告げると、ゆっくりと一つ頷いた。


「じゃあ、六時半に、あのコンビニ前で」


「うん。遅れないように行くね」

 答えると、照れたように彼は笑って、私に背を向けて歩き始めた。

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