第47話 正田宅(7)

 そして私はデイサービスから地域福祉課に異動になり、コミュニティーワーカー兼生活支援員を任じられた。最初の担当が正田しょうだえい子さんだった。


 行政は、ケースワーカーをつけて雅仁まさひとさんを管理しようとしたのだが、コレが全くもって失敗している。


 当初こそ、正田さんは雅仁さんと別世帯になり、担当者である私が毎週訪問する事で、穏やかな日常を送れたかに見えたが。

 雅仁さんが、生活保護費を使い果たしては、正田さんの生活費を奪おうと正田さん宅に入り浸るのだ。


 奪うと言っても、通帳等はすべて社協が管理している。むしりとっているのは、こうやって私が毎週持参する生活費だ。


 正田さんが自分の食費を切り詰めて、雅仁さんにいくばくかの現金を渡していることは明白なのだが、本人が『違う。そんなことはしていない』と言い切るのだからどうしようもない。


 局長や、当時の上司である山下さんと相談し、生活費の内訳をレシート提示してもらい、突き詰めようかとも相談したのだけれど、どうにも踏ん切りがつかなかった。

 とりあえず、現状様子見をして、雅仁さんへのお金が渡らない工夫をこちらも画策していたのだけれど。


 雅仁さん自身も苛立っているのだろう。

 結果。

 眼鏡代、と称して金額を私に請求し始めたというところか。


 生活費と言っても、一週間で一万円だ。雅仁さんはもっとまとまった金が欲しいのだろう。


「ケンカ売ってんのか、このアマっ」


 近距離で凄むが、私は眉根を寄せる程度に留める。今まで、いろんな利用者がいたが、『刺す』人は、目を見たら分かる。言動が違う。行動が違う。


『刺す』人は、いきなり行動する。おまけに、呼気にアルコール臭はない。


 多分、「怒鳴る」しか方法をこの男は知らないのだ。


 そんな、成功体験を積んできているんだろう。

 怒鳴って、脅して、そして自分の要求を通してきた結果、四三歳にもなってこんなことをしている。


 鼻先数センチでにらみ合っていると、胴体の辺りになにか触れたような気がして私は視線を落とした。


「眼鏡……。眼鏡、私のお小遣いで買ってやりたいんです」


 正田さんだ。

 正田さんが私の胴に抱きつき、か細い声でそう言った。

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