第44話 正田宅(4)
「ちょっと後でまた」
そう言い置いて、門扉を押した。
内側からの閂は今日も使用されていない。ぎぃ、と不機嫌な音を立てて門扉は開き、私は砂利敷きの庭を歩いて玄関扉まで向かう。砂利の間からセイタカアワダチソウがたくさん顔を出していて、『草むしりをシルバー人材センターに依頼しないと』と顔をしかめた。
鞄を肩に掛けなおし、玄関扉の脇のインターホンを押す。マイクやカメラがついているようなインターホンじゃない。ただ丸いボタンがついているだけのもので、古いせいか、押したらボタンが戻ってくるまでに数秒かかり、音もじぃぃぃ、と古めかしいベル音だ。
「はい、開いてます」
「おはようございます。
そう断ってから、ドアノブを握る。
ざらり、と錆びた感触が掌に伝わって若干眉根が寄った。不快、というほどではないが、気持ちが悪い。
少々の嫌悪感を堪えてドアノブを回転させ、それからドアを引いた。頭の中では、さっきの
「おはようございます」
上りかまちに座る正田さんが、掠れた声でそう言った。「おはようございます」。笑顔でそう返そうとしたのだけど。
私の笑顔は敢え無く凍りつく。
上がりかまちにいたのは、正田さんだけではなかったからだ。
「あんたが今日、来るって聞いたからさ」
小さく、背中を丸めるようにして座る正田さんとは対照的に、
「おはようございます、雅仁さん」
頬が強張るのを感じながらも言葉を返し、それから正田さんに向き直った。
「今週の生活費をおろして来ました。ご確認いただけますか?」
玄関のたたきに膝を着き、俯く正田さんの顔を下から覗き込んだ。
皺と、重く垂れた瞼の下から、落ち着きなく動く瞳が私を捉える。
「はい……。はい」
正田さんは何度も頭を縦に振った。
フェイスシートに記入された正田さんの年齢は、七八歳だ。
ボランティアセンターに毎朝来ては、うだうだ喋って大笑いしている農作業ボラさんたちとだいたい同じ。
だけど。
正田さんは、実年齢よりもずっと老けて見えた。
初めてデイサービスでお会いした時からその印象が変わらない。年を知らなければ、八〇才以上だと思っていたかもしれない。
脂肪のない上半身は円背で、全体的に薄い印象があるのに、瞼だけ垂れ下がっているせいで陰気な感じがある。顔に刻まれた深い皺と、常にへの字に結ばれた唇のせいもあるのかもしれない。
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