第43話 正田宅(3)

「いろんな仕事があるんだなぁ」

 そう君の言葉に、私は苦く笑う。いろんな仕事はあるけれど、それが上手くこなせるかどうかはまた別問題だ。心の中だけでそう呟き、彼を見上げた。


「総君、別にここまでついてこなくてもいいよ。後は待ち合わせ場所に六時半集合で解散しない?」


「そうだね。どうしようかな」

 総君は呟いてから、だけど少し首を右に傾けた。


「もう少し、見てていい? 福祉の仕事なんて初めてだから、すごく新鮮」

 鳶色の瞳が好奇心に耀くのを見て、私は肩を竦める。


「だけど、守秘義務をよろしく。今度のお仕事は、超個人的なお話だから」

「このお家の人?」

 総君は目の前の門扉を指差した。


 ペンキのはげた鉄製の門扉だ。斜めに傾いだ木製の表札には、『正田しょうだ』と掘り込まれている。


「そう。通帳管理をしているの」

 そう言って、自分が首から下げている名札を彼に掲げて見せた。


 相談支援員そうだんしえんいん 菅原琴葉すがわらことは

 そこには、名前と顔写真が貼り付けられている。


「日常生活自立支援事業って言ってね、自分の意思で社協しゃきょうに金銭管理をして欲しい、と依頼してくる人のために、通帳管理をしたり、様々な福祉サービスが使えるように代わりに契約したりするの」

 簡単に総君に説明する。


「そういうの、成年後見人なんちゃら、って言うんじゃないの?」

 おお、よく知ってるな。


「僕の祖父が脳梗塞で倒れて寝たきりになったとき、市役所に相談したんだ」

 総君は私の表情を見て読み取ったらしい。あっさりと種明かしをした。


「成年後見人制度は、財産管理や法律行為全般をフォローするんだけど、私達が行えるのは、あくまで『日常生活』の支援に限られるの。日々のお金の管理とか、生活に関する福祉サービスの契約とかね」


 彼は「へぇ」と答えたけれど、イマイチぴんと来ていないことが伺える。なんと言おうかと悩んでいたら、自分の左手首に巻いた腕時計の文字盤が目に入り、慌てる。


 訪問時間の九時だ。

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