第39話 仕事場(9)

「おはよう、菅原すがわらさん」

 スライドドアが勢いよく開き、反動でまた、ばいん、とすごい速さで閉まる。その隙に、冴村さえむらさんはボランティアセンターに飛び込んだ。


 今日は膝丈のタイトスカートを穿いている。

 私より身長が高く、体が引き締まっているから、なんだかとてもセクシーに見えた。長い髪も今日は頭の後ろで一つに束ね、お団子にしているせいでやけに鋭利な印象があるけれど、フレームの無い眼鏡の向こうの瞳は、相変わらず陽気な色を宿して輝いている。


「おはようございます、冴村さん」

 私が返事をすると、「冴村さん!?」と、素っ頓狂な声が聞こえてきた。コーヒー豆の袋をしまう振りをして、さりげなくそう君を見ると、目をパンパンに見開いて冴村さんを眺めている。


「ちょっと、着替えてくる。いつも朝の準備、ありがとう」

 大きめのショルダーバックを自席に置き、私と同じように鍵を開けて机の下段引き出しからポロシャツを掴んで再びセンターを出る。いつもはセンター内で堂々と着替えるのだけど、ブラインドが開いているせいだろう。どうやら今日はトイレで着替えるようだ。


「冴村さん、って女性?」

 冷蔵庫にコーヒー豆を仕舞っていたら、相変わらず変な声音で総君が尋ねてきた。


「そうよ。私よりいくつ年上だったかな……。十かな? 今年四〇だったと思う」

 私は総君を見て、「カッコいいでしょ」と笑った。


「仕事もできるし、後輩の面倒見も良いし、家庭のこととかを仕事に持ち込まないしね。スタイルだってほら、いいでしょ? お子さんと一緒に野球をしてるんだって」


「……男だと思ってた」

 茫然と総君が言うから、噴き出して笑う。


「なんでよ」

「だって、昨日、コトちゃんが語った冴村さんエピソードって、男性みたいだったよ? 出張先で怖がられたり、上司にかみついたり……。ジョーカー冴村って……。レスラーみたい。いや、そもそも、上司が女だと思わなかったせいかな……」

 総君はそう言って、「なぁんだ」と力なく笑う。


「私が男だったら、冴村さん、タイプだけどなぁ」

 首を傾げて総君に言うが、あまり興味はないらしい。「ああ」と気づいて苦笑した。


「総君、年上はタイプじゃないんだよね。それでかな」

 私の言葉に、総君は少し戸惑ったように微笑み、それから小さく「うん」と答えた。


 その返事に、なんだかどん、と突き放されたようで、あれ、と自分自身に驚いた。

 この落胆に似た感情はなんだ、と慌て、そして気づく。


 なぁんだ、と。

 年上はタイプじゃなかったよね、と自分で尋ねておきながら、その「うん」という返事に傷ついたんだ、と。

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