第36話 仕事場(6)

「……ちょっと、プレッシャーなのよね……」

 呟いてから、ボランティアセンターに入った。


 締め切っているせいだろう。

 毎朝、扉を開けて一歩ボランティアセンターに入ると、鼻腔奥に感じるのはコーヒーの香りだ。来客用、ボランティア用に常にコーヒーメーカーが稼動しているせいか、壁紙自体にコーヒーの香りが染み付いている。


 当初、この匂いが苦手だったな、とふと気付けば苦笑いしている。今では、なんだか馴染んだ匂いであり、ここ以外でコーヒーの香りを嗅ぐと、ふとボランティアセンターを思い出すようになってしまった。


「開所準備、手伝おうか?」

 自分のデスクに歩み寄り、鞄を椅子に置いていると、そう君が声をかけてきた。


「僕、どうやらモノは触れるみたいだから」

 そう言って、窓を指差す。


 ボランティアセンターはほぼ全面ガラス張りだ。

 一体、何を思ってこの建物はこんなに透明度を売りにしているのかはわからないが、使用するこっちは、パソコン画面は反射して見づらいし、夏場は日射しに焼かれて熱い。では、冬場はすごしやすいかと言うと、心底冷えるのだ。

 そこで、せめてもの抵抗ということで。

 全面、ブラインドを後付でとりつけた。設計者からは盛大に苦情が来たそうだけど、知るものか、と冴村さえむらさんが吠えていた。


 総君は。

 そのブラインドを開けようか、と言ってくれているらしい。


「テラスに出るほうの二面は開けて欲しいんだけど、ちょっと待ってね」

 私は総君に声をかけ、スチールデスクの天板裏の引き出しを開ける。そこだけ、鍵が掛からないようになっていた。手を忍び込ませ、キーホルダーのついた鍵を取り出す。上段引き出しの鍵穴に差込み、回転させた。


 重い手ごたえがあり、開錠される。

 私は下段引き出しを開けると、そこに仕舞っていたポロシャツをつかみ出した。背中に大きく『柏木かしわぎ町社会福祉協議会』とロゴが入り、柏餅をモチーフにしたユルキャラ『かししちゃん』が描かれている。


「総君、こっち見ないでね」

 ブラインドを稼動させる紐を掴んでいる総君に声をかけると、不思議そうに首を傾げている。私は下段引き出しに自分のバッグを放り込み、それから着ていた七分袖のボーダーシャツを脱いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る