第35話 仕事場(5)

『……構わないけど……。仕事帰りに待ち合せてデートしたいんじゃないの?』

 おもわず苦笑する。仕事場にそう君がずっといたら、『待ち合わせ』にならない。


『ずっとはいないよ。その、冴村さえむらさん見たら帰るから』

『冴村さん?』

 猶更なおさら不審げな顔で総君を見るけれど、総君はあっさりとその後の会話を打ち切った。

 読んでいた新聞を畳み、するりと立ち上がって、にっこり微笑みかける。


『じゃあ、一緒に出ようか』

 そうして。

 私たちは一緒に仕事場に来たのだけど……。



「ここがコトちゃんの仕事場?」

 スライドドアのバーに手を伸ばした時、すぐ隣で総君が尋ねてきた。するり、と彼の冷気が私のうなじを撫で、反射的に首を竦める。


「そう」

 頷き、ドアの上部に掲げられているパネルを指差した。


柏木かしわぎ町社会福祉協議会ボランティアセンター」

 パネルをそのまま読み上げる。「へぇ」。総君が感心したような声を上げるので、少し口の端を下げる。


「自慢げに言ったけど……。4月から異動してきたところ。まだ一ヶ月しかここにいなんだけどね」

 異動前は、あの一階の事務所でコミュニティーワーカーとして勤務していた。その前はデイサービス勤務だ。


「どうしたの?」

 静かな、落ち着いた声に顔を向けると、穏やかな総君の瞳に見つめられた。


「……なにが?」

 思わず尋ね返す。総君が少し腰を屈めるようにして私の顔を覗きこんだ。


「なんか、落ち込んでるように見えたから」

 そう言ってから目を覗き込む。まるでそうしたら私の考えが読めるとでも思っているかのように。

 ただ寒いだけだと思っていた彼の冷気は、徐々に心を穏やかにする。


「異動、嫌だった?」

 尋ねられて、思わず首を横に振る。


「違う違う。光栄よ。冴村さんが局長に直談判してくれたらしいし……」

 それは、冴村さんから直接聞いた話じゃない。3月末まで直属の上司だった山下さんから聞いた話だ。


『あの子を次のボラコにしたい』

 局長に言い切り、私を引き抜いたのだそうだ。


 そう、聞いた時は光栄だったし、純粋に嬉しかった。

 ボランティアセンターのボランティアコーディネーター。通称ボラコと言えば、社協では花形だ。事務所にも若手がたくさんいる中で、私を認めてくれたことに、当初は有頂天だった。


 だけど。

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