第34話 仕事場(4)

『仕事帰りに待ち合せてデートとか……。どう?』


 リビングに正座し、新聞紙を眺めていたそう君が、不意に顔を上げてそう言ったのは、ついさっきのアパートでの事だ。


 朝食も食べ終わり、化粧も終わって、後は出勤するのみとなった私の気配を感じたのか、総君にそう言われた。


『何時ごろ、仕事終わるの?』

 尋ねられ、私は首を右に傾けてリビングの壁時計を見た。


『だいたい六時には駅前に着けると思うかな』


『じゃあ、六時に駅のあの、コンビニのところで待ち合わせても良い?』

 もちろん、と頷いた。


『じゃあ、待ち合わせて、お茶でも飲みに行く?』

 総君に言うと、どんなシチュエーションを考えているんだか、ひたすら照れたように真っ赤になってまた、新聞に視線を落とした。


 総君は、結局昨晩は部屋を使わなかったようで、朝寝室から出てみると、リビングでテレビの音声をものすごく小さくして朝のニュースを見ていた。


 寝室で着替えを済ませて出てきたことに、何故がものすごく安堵していて。一体、何を想像していたのだろう、と逆に訝った。


 その後、朝食を誘ってみたけど、やっぱり『食べることができると思えない』という理由で断られ、私が化粧だ、食器の片付けだとバタバタしている間、居心地悪そうにスツールの上にいるものだから、朝刊を与えて見たのだ。不思議とやっぱりモノは持てるようで、幽霊だというのに、新聞紙をめくって読み進めている。


『いいね。なんかこう、仕事終わりに、って、ね』とうつむいたまま、はにかんで総君は呟いていた。


『じゃあ、決まり。それまでこの部屋にいてもいいけど、どうする?』

 尋ねると、少し首を傾げて正座したまま私を見上げた。


『コトちゃん、何時から仕事?』

『もう、出るよ。七時に仕事場に入りたいから』

 言った途端、驚かれた。


『始業は何時なの?』

『八時半』

『で、七時入り!?』

 素っ頓狂な声を総君が上げるから、私は笑いだす。


『うちのお客さん、来るのが早いのよ。八時半開館だって、わかったら八時半にはもうコーヒー飲みに来てるからね』

『飲食店勤務なの?』

 総君の言葉にまた噴き出す。


冴村さえむらさんも良く言ってる。『うちは喫茶店じゃねぇ』って』

 冴村さんね、とその後エピソードを続けようとしたら、総君に『コトちゃん』と名前を呼ばれた。


『僕、コトちゃんの仕事場を見学に行っても良い?』

 少し首を斜めにしてそんなことを聞かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る