第33話 仕事場(3)

「じゃあ、やっぱり公務員?」

 カードを戻し、振り返るとそう君が私を見降ろしていた。


「違う違う。私たちは、社会福祉法人だから、民間。保育園とか、特別養護老人ホームとか、そんなところと同じ仲間」

 地域懇親会で住民さんに説明するようなことを口にしながら、私は一階の事務所を出る。


 廊下を挟んで事務所と向かい側にあるのが、社協のデイサービスだ。


 今は当然利用者も職員もいないので、擦りガラスの向こうは暗くてがらんとしている。まるでお洒落な食堂ホールのようなデイルームに近づくと、少し消毒用アルコールの匂いがした。懐かしい、と毎日思う。二二才で入局した時、真っ先に配属されたのが、介護保険部門であるこのデイサービスだった。


「赤い羽根の募金って、冬のイメージがある」

 私が二階のボランティアセンターに続く階段に向かうと、総君が隣で話しかけてきた。


「年中やってるの?」

 私が『赤い羽根共同募金』の話しかしなかったから、そう感じたらしい。やけに感心したような顔で私を見ているので、苦笑して首を横に振った。


「年中やってるのか、と言われたらある意味してるけど……。強化月間は十月だから、募金はその時にするかな。後はね、その募金の配分金を使って、地域の福祉増進のために仕事をしてる」


 詳しく言えば、財源は『赤い羽根共同募金配分金』だけではないのだが、それを総君に伝えたところで理解できるとは思わない。

 私自身、社協に入局するまで、細かいところは分からなかったのだから。


「まぁ、福祉の仕事をしてるんだ、って思ってもらえれば……」

 そう言うと、総君は穏やかにほほ笑んで頷いた。


 私は階段を上がり、二階に進む。

 一階の廊下は、『すでに入館した職員がいる』というサインのために照明をつけたが、それ以降の館内の電気は、基本始業と共につけることになっている。


 薄暗い階段を昇りきり、そしてガラスが多用された二階の廊下に移動した。

 東館と西館を繋ぐ渡り廊下は、全面ガラス張りになっていて、そこから西を眺めると、朝日が山間を染めている。


「まだ、日が上るのが遅いねぇ」

 総君に話しかけた。もう半月もすれば、この時間帯は2階廊下も明るくなっていることだろう。


「これだけ窓ガラスが多いと、暑いんじゃないの?」 

 相変わらず興味深そうに周囲を見回す総君が言う。


「そうなの。もう、夏場はやってらんないわよ」

 答えてから、並んで歩く彼を見上げた。


「ねぇ、別に一緒についてこなくていいのよ?」

 それは、朝、アパートでも彼に伝えたことだった。

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