第32話 仕事場(2)

 私が勤務する柏木かしわぎ町社会福祉協議会の事務所は『にっこり健康福祉会館』にある。


 建物の所有者はそう君が言うとおり、「町」で、東館は、母子保健福祉に特化した役場の部署が入って機能している。


 そして西館は、私たち「柏木町社会福祉協議会」事務局が年間四百万近いお金を支払って『貸して』もらっていた。そのことを総君にかいつまんで説明すると、「へぇ」という返事が聞こえてくる。


「西館が社会福祉協議会だから。今いる、ここね」

 私は再び事務所に向かって廊下を歩きながら足元を指さした。


「ここが、私たち社協しゃきょうの仕事場。東館は、行政のモノだから」

 あんまり、あっちは行かないでね、と隣を歩く総君を見上げて伝えると、素直に頷く。まぁ、総君は幽霊だから、ウロウロしてもあんまり邪魔にはならないだろうけど。


「シャキョウってところに、コトちゃんは勤めてるの?」

 廊下を挟んで左手側の木製扉に手をかけると、総君が尋ねてくる。


「そう。柏木町社会福祉協議会」


 正式名称を口にしたけれど、総君の反応はいまいちだ。薄暗い事務所内には、いくつか足元に非常用電灯があり、特に電気はつけない。いくつものスチール机の島を縫って、タイムカードの場所まで歩く。


「社会福祉法に基づいて作られた、全国組織なんですけど」

 タイムカードの前で立ち止まり、自分のカードを引き抜いてから総君を見る。だけど、済まなそうに首を横に振るだけだ。


「総君が生きてた町にもあったはずだよ。えっと、ざっくり言うとね」

 私はカードを機械に挿入して時刻を印字しながら、総君に尋ねた。


「赤い羽根共同募金、知らない?」

「それは知ってる」

 明確な声が返ってきた。


「それやってるところ」

 機械が吐き出したカードの印字を見ると、七時五分。いつも通りの時刻だ。

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