第29話 アパート(12)

「……やっぱりこの部屋、縁起悪いんじゃないの? ラップ音とか」

 そう君が不安げに言う。私は目を瞬かせて彼を見上げた。


「ラップ音ってなに。音楽のラップ?」

「違うよ。霊が立てる音のことだよ」

 呆れたように総君が説明をする。霊自身が言うのだから、そういうこともあるのかもしれない。


 へぇ、と頷いた時。

 目の前で、玄関扉が「がちゃり」と鳴った。


 足が竦んだ。

 咄嗟にドアノブを見る。やはり、動きはない。全体的に扉を視界に納めるが、扉自体の動きもなかった。


 だが。

 音は確実に扉から発している。


 ドアノブのサムターンを見た。漢数字の一の形になっている。ちゃんと施錠はされていた。チェーンにも視線を走らせる。しっかりと受け口にチェーンの先がかかっていた。


 私はゆっくりと玄関扉に近づく。


「危ないよ。幽霊が出たらどうするの」

 幽霊自身が怯えるものだから、思わず噴き出した。「もう、笑わせないで」。そう言って、三和土に降りる。


 そっと。

 扉に両手をついて、ドアスコープを覗く。つるりとした質感とひんやりとした冷たさを掌は捕えた。


 私は左目で、見る。

 そこには、白々しい蛍光灯の灯に照らされた共有スペースという名の通路しか見えない。


 誰も、いない。

 だが。


 唐突にまた、「がちゃり」と例の音が鳴り、扉が震える。扉についた掌が遠慮のない振動と音を伝えてきた。

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