第28話 アパート(11)

 思わず手を止める。


 手どころか、体中が動きを止めた。ダイニングのテレビが大袈裟な芸人たちの笑い声を響かせてくるが。


 それではなく。

 私の耳は、金属音が次にまた響くかどうかに集中している。


 がちゃり、と。

 その音は、再度、やはり鳴った。


「なんの音?」

 訝しそうな、だけどどこか呑気なそう君の声に、この音は私だけが聞こえているわけではないことを知る。


 そっとキッチンを出て、玄関に続くすりガラスの扉を開く。

 真っ直ぐに。

 目の前に見えるのは玄関扉だ。


 LEDの照明に照らされ、私のシューズと総君の靴が並んで三和土に置いてあるのが見える。


 がちゃり、と。

 三度その音は鳴った。


「総君、一緒に来てもらっていい?」

 冷気が近づいたことで、総君が背後にいることには気づいていた。


「いいけど……。何の音?」

 私の隣に移動して尋ねてくる。


「ここんところ、ずっと、ああやって玄関から音がするの」

 そろそろと足を玄関の方に向ける。


 最初に聞え出したのは、八日ほど前だったと思う。


 帰宅し、化粧を落として部屋着に着替えたら。

 がちゃり、と。

 音が聞こえたのだ。


 なんだろう、とその時もリビングから出て、玄関扉を観た。

 最初、ドアノブが回されたのかと思ったけれど、目の前でドアノブが動く様子はない。それに、ノブの回転するような音でもなかったのだ。


 もっと別の動きに関連する、金属を交えた音だった。


 以降。

 帰宅するとあの音が聞こえる。


 おかげで家に帰るのがなんだか億劫になり、無闇にコンビニに立ち寄って自炊で浮いた生活費で、無糖紅茶やお菓子を購入するはめになっていた。


 実のところ。

 総君との「恋愛ごっこ」に乗ったのは。

 大分打算があってのことだ。


 総君は私に触れられないから身の安全は保障されているし、同棲を言いだすことで、この何の音かわからない不安から逃れられる。


 そう、思ったのだ。

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