第20話 アパート(3)

「そうですか」

 日置ひおきも気持ちを切り替えるように、ぎこちなく笑う。私は彼のその笑みを力づけるように頷いた。


「事故物件とかじゃないんだけど、人がいつかないんだって。だからしばらく私が借りて住むことになってね。実は家賃無料なの」

 小声で、だけど大げさな表情をつけた。「無料?」。日置が驚いたような声を上げたので、私は安堵する。


「そう。無料にするから、4年ほど住んでくれ、って。そしたら『あそこの部屋は人がいつかない』っていう噂も消えるだろう、っておばさんが」

 鍵穴にキーを差込み、回す。がちゃりと重い開錠音が鳴って、私は再びキーをバッグに入れた。リールが巻き取る音は、今度も「ははぁ、なるほど」という日置の声に消された。


「どうぞ」

 先に部屋に入り、右側の壁に手を這わせてポーチのスイッチパネルを押す。

 暖色系のLEDが、染み入るように部屋に広がった。


 日置が玄関に入るのを確認し、鍵とチェーンをかける。

 入ってすぐに見えるのは短い通路だ。左手にある扉はトイレで、右手は洗面所と風呂場になっている。

 そして正面に見えるガラス扉の向こうが、リビングとキッチン。リビングから続く二つの扉が個室になっていた。


「上がって頂戴」

 そう言って靴を脱ぎ、そしてふと日置を見た。


 そういえば、彼の『靴』はどうなっているのだろう。

 純粋に疑問に思って彼を見ると、「お邪魔します」と律儀に断って、靴を脱いだ。


「……どうぞ」

 私は笑いをかみ殺す。別に汚すわけでもないだろうに、と思ったけれど、彼は私の後をついてリビングまで入って来た。


「ちょっと化粧を落としてくるから、その辺座ってて」

 壁際に設置しているチェストラックの上にバッグを置き、スツールを指差した。近所のホームセンターで買った安物ではあるけれど、収納もできるので重宝している。


「はい。すいません」

 ちょこん、と行儀良くスツールに座る。

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