第17話 バス停(10)
更にそう言うと、
「なんでしょうか」
私に尋ねてから、「僕にできる事ですか」と不安そうに口にした。
「君が成仏するまで、一緒に暮らしてくれない?」
私からの提案を聞き、やっぱり日置はぽかんと口を開いた。折角の甘いマスクが台無しなアホ面に、小さく噴出した。
「もう、日置君が私の妄想の産物でも幽霊でもなんでもいいわ。君が消えるまで私と一緒に暮らしてほしいの」
「ど、同棲ですか」
自分で言ってから、「ひぃ」と真っ赤になって身もだえしている。これは、見ていて飽きないな。
「私半年ぐらい前から、一人暮らししててね。ちょっと不安なの」
くつくつと笑いながら日置を見る。彼の首は真っ赤だ。ひょっとしたらチェックのシャツの中の胸も真っ赤なのではないだろうか。
「一緒に暮らしてくれたら、私は助かるんだけどね」
「僕はがっ」
勢い込みすぎたのだろう。やっぱり日置は噛み、手で顔を覆って私に背を向けた。なんだろう、この生き物は。大笑いしたい衝動を必死で押さえ込み、くねくねと身もだえしている。
「ぼ、僕は問題ありません。宜しくお願いします」
一分ほどが経ったころだろうか。日置はきちりと体側にそって手を伸ばし、くっきり四五度の角度で頭を下げた。
「じゃあ、一緒にアパートに行こうか」
バッグを抱えなおし、ベンチから立ち上がる。ふと掌に違和感が残り目を凝らすと、劣化したプラスチックの座面が粉末になって手についていた。
「お尻についてる?」
日置に背中を向けて尋ねると、私の仕草で察したのか首を傾げるようにしてみてくれた。
「大丈夫ですよ。あ、でもうっすら白いかもしれません」
あ、そう。返事をして片手でお尻を叩く。もう、足から震えは抜けていた。アパートまで歩くため、またコンビにまで戻る。
駅前はまた閑散としていた。
コンビニを覗き込み、ガラス面越しに店内の時計を確認すると二一時になるところだった。いつもより遅い帰宅に、少しうんざりした。明日も早い。帰宅したらすぐ寝よう。
「あのさ」
コンビニ前を通り過ぎ、人目がなくなると、私は半歩後ろを歩く日置に声をかけた。
アパートまでは駅から数分。住宅街に入ると、この時間帯はほぼ通行人は居ない。どの家も雨戸を締め切り、家の明かりどころか音さえ漏れてこない。
ただ、夕餉の匂いだけは不思議と路地を漂ってくるものだ。
どこかの家は魚の煮つけらしい。甘辛いしょうゆのにおいと、しょうがの香りがふわりと鼻先を掠める。
「はい」
落ち着いた声が聞こえてきて私は首を背後にひねる。私の動きに合わせて、今度は煮詰まりすぎたお味噌汁の香りがまとわりつき、お腹がぐうとなりそうだ。
「隣、歩こうよ」
そう言うと、慌てたように日置は隣に移動してきた。
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