第16話 バス停(9)
「私みたいな年上でよければ、付き合うけど」
「……失礼ですが、その」
「来年三〇。日置君より年上でしょ」
私は首を傾けて彼を見遣る。ふわふわした猫っ毛の髪と鳶色の瞳。繊細そうな細い顎のあたりがまだ若い。さっき、『契約をまとめて』と言っていたことを考えると、新卒ではないだろう。
「日置君は二十五ってところ?」
そう尋ねると、力なく笑った。
「そんなもんです。……年下は嫌ですか?」
「嫌じゃないわ。好みじゃないだけ。前のカレシは年下だったもん」
私の言葉に、弾かれたように背筋を伸ばした。
「そうだ!」
いきなり立ち上がり、真正面から見たつめてきた。
「カレシ、いるんじゃないですか!? だったら僕はとんでもなく失礼なことを貴女に……」
長々とそのあと続きそうな釈明会見を「いない」と端的に答えて断ち切ってやる。
「前の男と別れてもう三年ぐらい、いない」
付け加えてから、どうしようか、と迷った末に口にした。
「処女じゃないけど。どうする? 気になるなら別の人を当たって」
言った途端。
そして、日置は聞いた途端、動きを止めた。
その様子を見て、言ったことを少々後悔したが、別に隠していて後でややこしくなるよりは最初にオープンにしておいたほうがもめないだろう、とやっぱり思い直す。
実際、親戚の勧めで見合いした友人が、この件でもめて破談になった。馬鹿らしい。相手の男は友人が処女じゃないことに腹を立てたそうだ。江戸時代か。
「気になんてなりません」
日置は首を横に振った。人間、こんなに高速で首が横に振れるのか、と唖然とするその動きは、だが目が回ったことによって自動的に停止した。
「
「変なこと言わないで。そして勘違いしないで」
顔を真っ赤にして訳のわからないことを口走る日置にぴしゃりと声を投げつけると、慌てて口を閉じた。
正直、これ以上そっち方面の話をしたくない。自分から言い出してなんだけど、もう、私からの情報開示は終了だ。
日置はそんな私の心中を図りかねている。失言したのか、それとも機嫌を損ねたのか。そんな風に探るような視線を向けられたから、にっこりと微笑んでみせる。
「私からも、君にお願いがあるんだけど」
そう口にすると、日置は予想外だったとでも言いたげに口をわずかに開いて停止した。
「君と『恋愛ごっこ』をするにあたり、私からもお願いをさせて」
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