第15話 バス停(8)

「多分、僕のことが見える適齢期の女性と言うのがそんなに居ない気がするのです。これもご縁だと思って……。その……」

 上目遣いに私を見た日置ひおきは、私と視線が合うと怯えたように首を竦める。


 どうしよう、と思った。

 いいんだろうか、とも思った。


「……あの。どうでしょうか」

 潤んだような瞳を見たら、無下には断れない気もしてきた。


「別にいいわよ」

 どんな表情をしたらいいのか分からず、私は冴村さえむらさんから教えられた笑顔をとりあえず作ってみることにした。「……へ」と日置は小さく声を洩らして顎を上げる。


「君が、私でいいのなら、いいわ。カノジョの振りをしてあげる」

 そう言って、そうだ。それに、この男は、私に触れないじゃないか、と思った。


 ごっこ、なんだ、と。子どもがするような『ごっこ遊び』なんだ。

 本当に、恋愛するわけではない。


 それに、とふと思い出す。

 今、男手がある方が良いではないか、と。

 そう自分に言い聞かせた。

 しょせん『恋愛ごっこ』だ。大丈夫だ、と。


「いいんですか」

 唖然と日置は私を凝視する。よく見ると、色素の薄い瞳だ。鳶色をしている。「いいわよ」とにっこりほほ笑む。


「だって、さっきの感じじゃ日置君、私に触れられないでしょ? 身は安全だわ」


 指摘され、日置はぽかんと口を開いて自分の手を見た。今頃気付いたのだろうか。彼と『恋愛ごっこ』をしたとしても、彼は私に触れられない。さっき、童貞だのなんだのと私に告白していたが、彼が思いを遂げることはできないんじゃないだろうか。

 そのことに気付いたのか、日置は無言のまま自分の手を見つめている。


「どうする?」

 私はそんな彼に声をかける。かれが童貞を卒業することは難しいが、疑似だが『恋愛体験』ならできるだろう。


 残念ながら、相手は選べず、こんな私相手に、だが。

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