第14話 バス停(7)

「私以外に誰も、日置ひおき君に気付かなかったの?」

 恥ずかしくて死にたい、と死んでいるにも関わらず呟いている日置に、声をかけた。


「何人かは、いたのですが……」

 顔を覆い、相変らずうつぶせたままの格好であるせいか、随分と声は掠れてくぐもっていた。私はそんな彼の背中を眺める。


 今は顔を隠しているが、特に見栄えが悪いわけではない。


 身長だってあるし、声だって良い。それなのに、本人が言うように『年齢イコールカノジョいない歴』であるならば、これはもう、このものっすごい恥ずかしがりによるものか、相当の面食いなのではないだろうか。女性に対して理想が高すぎる、とか。


「ひとりは六〇代男性でどうも霊能力者のようで……。調伏されそうになって思わず逃げ出しました。そして、もうひとりは三歳ぐらいの可愛らしい幼女でした」

 暴風雨が過ぎたのを確かめるように、おそるおそる日置は手の間から顔を覗かせた。


「その三歳の子が大きくなるまで待てば?」

 私は肩を竦めて見せた。


「リアル源氏物語じゃない」

「僕にはそんな趣味も時間もありません。早く成仏したいです」

 背を起こし、きっぱりと言うものだから、思わず笑い出してしまった。


「それで、手っ取り早く成人女性で君のことが見える私に声をかけたわけだ」


 そう言ってやると、自分の失言に気付いたらしい。

 さっきまで赤かった顔が今度は見る間に青ざめる。リトマス試験紙のようだと思いながら、それでも私のほうこそさっききっぱりと君は好みじゃない、と言ってしまったのだからお互い様だな、と溜飲を下げる。


「手っ取り早くとか……。その、そんなんじゃあ……」

 日置が切れ切れに私に言うものだから、無言で正面から見据えてやる。途端に口を閉ざして瞳を下げた。


「まぁ、ようするに。君が成仏するために、君のカノジョになれ、と」


 俯くと言うより、またうな垂れている日置に私は言う。そのしょぼくれ方が可笑しくて、ついつい噴き出しそうになったときだ。



『ごめん。やっぱり俺、真菜まなのことが好きだ』

『なんかこう、違うんだよなぁ』



 きし君と翔真しょうまの声がよみがえり、私は凍りついたように表情を止めた。


「あの……。出来れば、お願いできないでしょうか……」

 日置は俯いたまま、囁くような声でそう言い、私は「え」とようやく声を漏らす。


 意識して『今』に集中し、彼を見た。今度はまた耳が赤くなっている。せわしないと言うか忙しい男だ。

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