第13話 バス停(6)

 私はまじまじと隣のベンチに座る男を見る。


 静かなエンジン音を立て、一台の車が私達の前を、東から西へ走り去っていく。その際、舐めるように照らしたヘッドライトは、私を照らしたが、やはり日置ひおきには吸い込まれた。


「その……。このまま恋愛経験もなく、童貞のまま死ぬのはちょっと……」

 消え入りそうな声でそう言い、それからがばりと顔を起こした。


「だからといって、決して不埒な……。その、強引になにかコトに及ぼうとか、そんな危険な幽霊ではないのです、僕は!」


 前のめりにそう主張され、私はやっぱり更に仰け反って、「はぁ」と空気が漏れたような声で返事をする。


 鼻先数センチまで顔を寄せられ、不思議なことに冷気と彼の呼気を感じた。幽霊も呼吸をするのだ、となんだか妙な感動を覚え、それから口角を上げて笑い顔を作って彼に告げる。


「ただ、現在ものすごく距離が近いので、離れて」

 私の言葉は礫となって彼を打ったようだ。「はうあっ!」と意味不明な声をあげ、体操選手もかくやとばかりのひねりを加えて飛びのいた。


「で。成仏するために、誰か自分と交際をしてくれないか、と思って駅前で声をかけていたのね」


 日置は両手で顔を覆い、自分の太腿に突っ伏している。わずかに見える耳は相変らず真っ赤で、さっき見た、あの『すいません』、『ちょっとよろしいですか』は、不器用な彼なりのナンパだったということを確信する。

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