第12話 バス停(5)

「ただ、死んだらあの世に行く、って思うじゃないですか。菅原すがわらさんは思いませんか?」


 尋ねられ、苦く笑って見せる。

 死んだら、「無」じゃなかろうか。無言で彼を見返すと、何か私の想いとは違うことで納得したようだ。うんうん、と何度か首肯し、また話し始めた。


「それで、あの世へ行く途を探してみたんですが全く見当たらず……。お昼を過ぎた辺りから、自分が浮遊霊ふゆうれいになってしまったような気がして来たんです」


「ふゆーれーって?」

 私が目を瞬かせて尋ねると、日置は目を見開いた。「知りませんか、浮遊霊」というので、「知らないわ」と答えると、異文化の人間を見るような目で見られた。


「場所に縛り付けられている、あるいは拘っているのが地縛霊じばくれいですよ。そうじゃなく、彷徨っているのが浮遊霊です」


 ははぁ、「浮遊」している「霊」か。私は日置ひおきの言葉に納得して頷いて見せた。私が理解したことを確認し、彼は幾分安堵したように口の端を緩めて見せる。


「きっと自分に何か心残りがあって、この世に留まってしまったと思ったんです」

「なるほどね」

 相槌を打つと、日置は長くてしなやかな指をゆっくりと折って見せた。


「僕は母子家庭でしたが、母は僕が就職したことを機に再婚しましたから、家族の憂いではありません。仕事のことかと思いましたが、僕がやっている仕事なんて代替がいくらでも利きます。仕事ではない。特に夢なんて持ってなかったから、志半ばを悔いて、ということもない。そうやって、お昼から夕方まで考えた結果、ひとつ、思い浮かんだんです」


 人差し指、中指を折ったところで不意に顔を挙げる。目が合うから、私は少し背を反らし、「なに?」と促した。


「恥ずかしながら」

 そう言って、日置は耳まで顔を赤くする。


「年齢イコールカノジョいない歴でして……」

 細かく黒瞳を左右に揺らし、結果的に俯いて私の視線から逃げた。


「その、このまま死ぬのは嫌だ、と一番思った原因はそこでして……」


 日置の声は段々と小さく、そして震える。どうやら心底恥ずかしがっているらしい。

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